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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

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戦後を生きた母と私と妹と。其の一

この物語はは私が官能小説を書き始めた初期の作品です。

◇母との性体験。其の一
母と妹01
母君代は二十歳で嫁に来て、二十一で私幸一を生みました。
其の二年後に弟が生まれましたが、三歳のときに流行り病で死んでしまい、
そして其の翌年に生まれたのが、妹の佐智子でした。
私の父は佐智子が生まれると直ぐ召集され戦死してしまいました。
残された家族は父方の祖父母と母、それに私と妹の五人家族でした。

私が高校を卒業し本格的に家業の農業を手伝うように成った。
昭和32年祖父が亡くなり、二年後には祖母も他界してしまいました。
私は二十歳に妹は十四歳に成っていました。
祖父母を無くし農作業は母と私だけとなり、二人は朝早くから夜遅くまで働きました。
妹も母を手伝って朝の食事や野良に持って行く弁当等を作ってから学校に行く、
と言うように皆が力を合わせて祖父母の残してくれた田畑を守って来たのです。

二十七歳で戦争未亡人に成った母の性欲処理は祖父が生きて居る時は祖父が、
そして祖父が死んだ後は私が21歳の時から母の相手をして遣っていました。
再婚もせず舅・姑に仕え、子供を育てている健気な女と、
世間では見て呉れて居たようですが、
生身の人間がそんな奇麗事だけで生きて行ける筈も無く、
決して明かされる事の無かった秘密を今日はお話し致しましょう。

母と祖父が女と男の関係に成って居た事は、私が小学五年生のときに気付きました。
其れまでは私も幼く、性に関する興味も無かったのですが、
夢精やオナニーを知る年頃とも成って来ると、
今まで何気なく見過ごしていた事も違った見方で見る様に成っていました。

其の一つが祖父の入浴の時、しばしば母が居なくなるのです。
当時我が家の風呂は母屋から離れたお蚕小屋の外表にあり、
所謂露天の五右衛門風呂だったのです。
「お風呂の湯加減を見て遣ってくるわ」と言って外に出る母に、
何の疑問も持たなかった私ですが、
偶々私が納戸も兼ねて居る蚕小屋に行った折に、
祖父と母のあられもない姿を見て仕舞ったのです。
浴槽の前に有る、すのこ板の上に仁王立ちに成っている、
祖父のペニスに母が喰らい付いて居たのです。

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戦後を生きた母と私と妹と。其の二

◇母との性体験。其のニ
02戦後を生きた母と妹と私
祖父母と母、そして私と妹、父親が居ない事を除けば、
極平和な仲の良い家族でしたが、祖父母が相次いで亡くなってからは、
ブレーキの壊れたクルマの様にとんでもない方向へ走り始めたのです。

其れは祖父の一回忌も済ませた夏の夜でした。祖父が亡くなって性欲の捌け口の
無くなった母はこの一年は喪に服す気持ちも有ってか、大人しくして居たのでしょうが、
喪も明けたのを気にマタゾロ女の煩悩が燃え上がって来た様なのです。

妹は夏休みを利用して女友達と湘南の海に泊りがけで遊びに行って居り、
家には祖母と母、そして私しか居なかったのです。
一日の畑仕事が終わり、汗だくに成っていた私は、
すぐさま裸に成って風呂場に向かいました。
その後の出来事は、前の章で書いた通りです。

結局風呂場で母のフェラチオンで二回も抜かれた私は爆睡出来るはずでした。
が何故か寝付かれません、蒸し暑さのせいだけでは無いようです。妹も居ない事だし、
若しかしたら母さんと“いい事が出来るのでは”と良からぬ思いを抱いて、
母の寝部屋へ行きました。
『母さん起きてる』と声を掛けると、
「おきてるよ」との返事、
『入って良いかい』
「いいわよ」との事で私は母の部屋に入って行きました。

母は浴衣を着て、鏡台の前で髪を梳かしていました。
『さっきは母さんに、一方的に気持ちよくしてもらったから、
 そのお礼に、伺いました』と冗談交じりに言うと、
「ははははぁ、私を気持ちよくさせてくれるかい」
『ご要望と有れば、お爺ちゃんが遣ってた事と同じ事
 遣らして頂きます』
「何言ってるの・・・」
『知ってんだよ、もう前から、母さんと爺ちゃんセックスして居たの・・・』
「バカ言わないでよ、お爺ちゃんのたっての頼みで、
 何度かチンポしゃぶって上げた事有るけど、
 オマンコはしたこと無いわよ・・ヘンな事言わないで」
『へえ、フェラチオンだけだったの』
「そうよ、私のオマンコに入れさせたチンポは、お父さんだけだよ」
『それじゃ、もう15年近く、本式なセックスしてないの』
「其の通りよ、私はそんなにふしだらな女じゃないわよ」

私は母を誤解していたようです。
今にして思えば、母が祖父のペニスを咥えて居る所を見たのは、
あの時の一度だけでしたし、普段は無断で外出する事も無かった母ですから、
案外身持ちの硬い真面目な女だったのです。

私はほっとするると共に当時付き合ってた女達が、二、三回デートしただけで
セックスをしたがる軽薄な女に思えて来たのでした。

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戦後を生きた母と私と妹と。其の三

◇母との性体験。其の三
母の体を担保に08
「あんっ、も、もういいでしょう」
私が余りにも真剣に食い入って見つめるんで、
母は恥ずかしさを募らせて居た堪れなくなったようだ。

私は母との約束の通り、
「舌と指とでのペッテイグとクンニでイカセル」行為に取り掛かった。
母の言葉を額面通りに信じれば、27歳から40歳の今日まで、
男の手に触れさせていない母の乳房は弛みは全く感じさせず、
農作業の為か肌は小麦色をして居るのに、
常にブラジャーで覆われている部分は、綺麗なピンク色をしていた。
乳輪の色は褐色色をして居る。
じっと見ていると乳輪の色と同じ色の乳首が小指の爪ほどに隆起し、
かすかに震えている。(あぁ~っ・・・きれいだっ!母さん・・・)

興奮で、すでに私の一物はカチンカチンの最高潮に達していたが、
母の中には入れられないのだ。
私はカーっと血が昇る感覚を覚え、頭が痺れてきた。
たまらず母の上にのしかかると両手で頭を抱き支え、
母のやわらかな唇に舌をねじ込み、むさぼり舐め、吸った。
わずかに母が舌をからめてくれたように感じた。
母とキスをしている・・そう思うだけで、
今まで経験したどんなセックスよりも興奮した。

口内の唾液を舌でからめ取るように、母のくちびるを激しく吸う。
長い長いキスをし今度は首筋に舌を這わせると、うなじを舐め、
耳たぶに舌を差し入れる。
肩口を咬み、二の腕からわきの下まで舐め回す、
そして私は舌先を母の褐色色の乳首に向けた。
右手で乳房をもみながら隆起した乳首に吸い付き、
丹念に丹念に舌で乳首を転がす。

「あぁ・・ぁぁ・・ん」
母は、小さなあえぎ声を出してくれた。
「あぁ、母さんっ!・・」
私はたまらず、浴衣を腕から抜き取り肩や腰を浮かせさせ、引き抜いた。
母は私の目の前で隠す物が一つ無い全裸に成ったのだ。

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戦後を生きた母と私と妹と。其の四

◇母との性体験。其の四
母と子20
頬を赤く上気させ、
はぁはぁと肩で大きく息をしながらグッタリしている。
その反応はまるで、若い女の子と何ひとつ変わらないと思った。
そんな母が可愛く思え、私は母を抱きしめてると、息が整うのを待って唇をあわせた。
今度は母もしっかり舌をからめて私に応えてくれた。
私は右手で母の髪をさすりながら、ねっとりと長いディープキスを交わした。
行き場の無い、ペニスはカチコチにそそり立ったままだ。

「オチンチン苦しそうね」と一言うと。
母は掌を亀頭に乗せると、まあるくなぞりはじめました。
既に鈴口には先走りの汁が溜っていて、掌でなぞられネットリとした汁が、
亀頭に塗り広げられていった。
なぞりまわす掌の下から、ニチャニチャとした音がしていた。
ペニスは久し振りの感覚に欲情が高まり、
自然に腰がよじれて身悶ええしてしまった。
「幸一、気持ちよくなった様だね、
 我慢出来なくなったら 
 口の中に出しても良いのよ」
と言って私の顔を伺った。

『未だこれしきの事じゃ・・・
 もう一度母さんをイカセなくちゃ』
「あら未だ私をイカセテ呉れるの」
『今度は立位で遣ってやるからね』
と、言って私は起き上がり、母を立たせた。

私はしがみ込み、股間部分に鼻先を押し込み、その匂いを鼻腔いっぱいに吸い込む。
鼻先で秘部を思い切りグリグリと刺激する。
何とも言えない甘酸っぱい女の匂いを漂わせている。

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戦後を生きた母と私と妹と。其の五

◇佐知子の呟き。其の一
母の乳房と陰毛と16
私、佐智子は昭和19年生で今年70歳に成ります。
兄は幸一私より6歳年上の76歳に成りました。
母の君代は12年前85歳で亡くなって居ります。

私は二十五歳の時五歳年上の主人と結婚しましたが、十五年目に離婚し、
子供三人が夫々に結婚・独立したのを機に実家で有る兄の元に戻り、
今は二人で百姓をしながら、兄とは実の兄妹では有りますが、
夜の営みも含めて「夫婦」の様な生活をしています。

私は子供の頃から、只一人の兄が大好きで、
何時も兄にくっ付いて居て離れませんでした。
母子家庭だった私達は、兄が父親の様な存在で何時も優しく、頼もし人です。
二十七歳で戦争未亡人と成って、六十年近く一人身で過ごした母の後ろには
何時も兄の存在がありました。兄は是までに結婚暦は無く、
常に母の身近に居て母を助け、農業を続けていました。

母が再婚もせず六十年近く一人身で過ごせたのも、
そして私が離婚後、子育ての責任を果たした後、此処へ戻って来たのも、
此処には優しく頼りがいの有る兄が居たからです。
そして兄の逸物が、母や私の女の部分を夢中にさせ、
他の男の事を考えさせないだけの魅力が有ったからです。

私の子供の頃の記憶は、何時も兄と遊んで楽しかった事、兄の背中に背負われて、
二キロ離れたお店に買出しに行った事、八歳頃に成ると母の真似して、野良に出る
兄の為にお弁当を作り、夕方兄が帰って来ると、空っぽのお弁当箱を開けて、
「佐智子の作るお弁当、凄く美味しかったよ、
 大きくなったら素敵なお嫁さんに成れるね」
と言って呉れるのが、凄く嬉しくて、そんな時には、
「あたしお兄ちゃんの、お嫁さんに成って上げるね」等と言って居りました。

幼い子供が「お嫁さんに成りたい」と言うのは、何時も一緒に居たい、と言う意味でしょうが、
私が八歳位の時は、事実私も其の程度の考えしか有りませんでしたか。
私が十歳に成る頃には「お嫁に成る」とは、抱かれてセックスをする、と同義語でした。

其の頃には私の乳房も膨らみ始め、陰毛が生え始めてきました。耳に入る大人の会話も
セックスに関する話には、聞かぬ振りをして居ながらも、耳を欹て、
何時もアンテナを張り巡らせていました。

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戦後を生きた母と私と妹と。其の六

◇佐知子の呟き。其のニ
08戦後を生きた母と妹と私
私はお風呂に入りながら、良からぬ事を考えてしまいました。
(今日は母も出掛けて居ない、こんなチャンス滅多に無い事だ、
 今日お兄ちゃんに、抱いてもらう、チャンスだ。お母さんだって遣ってるんだから)
私は兄が近くに居るのを知ってました、私は兄に聞こえるように、
「あたたた・・・いたい!。お兄ちゃん・・お腹がいたいよぅ」

兄は何事か、と言う顔をしてお風呂場に入ってきました。
『佐智子!どうしたんだい』
「急に右わき腹が痛くなったの・・・」
私はお臍の下の右わき腹を押さえて如何にも痛そうに蹲っていました。
『右わき腹て、もしかしたら盲腸かも』
『歩けるか』
「歩けないよぅ」
兄は裸のままの私を抱き上げて、私の部屋に連れて行き、
『今布団ひいてやるからな』
と言って押入れを開け、布団と寝間着を取り出し、私に寝間着を着せて、
『暫く寝てろ』と言って私を布団の上に横たえました。

『医者に行こうか、それとも往診頼もうか』
兄は真顔で私の事を心配して呉れて居ります。
此処で医者など呼ばれたら嘘がばれてしまうので、
怒られるのを覚悟で本当の事を言いました。
「お兄ちゃん、御免、お腹痛いのは嘘なの」
『なに!』
兄はポカンーとした表情で、暫く私を見ていましたが。
『本当に、痛くないのか、我慢して居るじゃないのか』
と尚も私の身体を心配してくれるのです。

本当に人の良い、優しいお兄ちゃんです。

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戦後を生きた母と私と妹と。其の七

◇佐知子の呟き。其の三
07a戦後を生きた母と妹と私
「あぁぁぁ・・・きもちいい・・・」
「もっと強く、強く吸って・・・」

『今日は安全日なのかい?』と兄は聞いてきました。
「前の生理からなら一週間過ぎた所よ」
『危険だね、コンドーム着けた方が良いね』
「生で遣って呉れないの、妊娠しても良いのに」
「バカ言ってんじゃ無いよ」
兄は私を放して、自分の部屋に戻りコンドームを持って来ました。
『おまえを妊娠させる訳には行かないから 
 今日は是を着けて遣ってやるからね』

嬉しい、今日は本当に兄によって女にしてもらえそうです。
兄は再び乳房に手を伸ばし両手で二つの乳房を激しく揉みました。
「あぁぁぁ・・・ひぃ・・・・いいわいい・・・・」
「ヤッパリお兄ちゃんジャ無ければ私は駄目よ・・・」
「いいい・・・・きもちいいい・・・」
「もっともっと強く揉んで・・・」
私の身体はのたうち、腰を上下に揺すってペニスを催促しました。
恥ずかしい気持ちなど全く有りませんでした。
母と兄がセックスしている現場を見てから、一年近く、
この日の来るのを待ち望んでいたのです。
兄によって私の身体を突きぬいて貰う日を待ち望んで居たのです。

兄は横たわった私の側に来て、添い寝をする様な恰好で横に成りました。
片方の手では乳房を揉みながら、もう一方の手は私のうなじ辺りを撫でます。
私はウットリとした表情で、兄の愛撫に酔いしれて居ました。

私は兄のペニスを握り緊め、母がして居たのを真似てペニスをしごき始めた。
兄のペニスは私の手の中で、ムクムクと大きくり固くなっていきます。
先端の部分からは「先走りの雫」が滲み出て来ました。
それを私は亀頭全体に塗りつけて遣ると、ペニスがピクピクッと反応しました。

「あぁぁ・・・・早くお兄ちゃんのオチンチンを咥えたい」
私の気持ちを正直に言いました。
『私が上に成って良い』と聞くと兄は「良いよ」と言って頷きました。

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戦後を生きた母と私と妹と。其の八

◇佐知子の呟き。其の四
06戦後を生きた母と妹と私
私は兄に抱かれ少女から女に変わりました。
其の日から私は兄以外の男性を受け入れられない女に成ってしまったのです。
中学・高校と進みましたが、同じ年頃の男性には全く興味が湧かず、
興味を感じる男性は皆兄と同じ位の五歳以上歳の離れた男性でした。

そして持ち込まれた見合い話に乗って、五歳年上の前の夫と結婚したのですが、
結局は巧くいかず十五年で、其の結婚生活に終止符を打ちました。

(私が結婚に失敗したのも、お兄ちゃんのせいよ、 何かに付けてお兄ちゃんと比較して、
 お兄ちゃんならこうだろうとか、こうして呉れるだろうとか)
何時も考えて居ました、夫はたまったものでは有りませんよね。
決して悪い人では無かったのに、セックスは淡白で自分だけ済んでしまえば、
サッサト横を向いて寝てしまう人でした。夫とのセックスで絶頂を感じた事は有りません。

そんな夫婦でも子供は三人授かりました。
夫は子供達へは普通の父親の様に愛情を注ぎ、真面目に働き、日常の生活には文句の
付け様も無い夫でした。併し女としての満足感や充実感は得られず私のストレスは溜るばかり。
そして有る日、とうとう「私の最初の男は兄だった」と口走ってしまいました。
そして其の日を境に夫婦生活は破綻し、離婚に至るまでたいして時間は掛かりませんでした。
結局主人は他の女と恋愛関係になり、慰謝料は無し、子供の養育費としての金は払うと言う事で、
三人の子供は私の手元に残し、離婚が成立しました。

そんな時にも兄は温かい援助の手を差し伸べて呉れました。
私達親子の住む家も「一山処分」して建ててくれました。そして米や野菜などの兄が作るものは、
不自由無く送り届けて呉れました。私も「保険の外務員」に成って頑張って働きました。
お陰で子供達には皆大学まで出して上げる事が出来、結婚し独立して行きました。
子供達には「年老いた母を兄だけに任せては置けない」と理由をつけて、長男に家を譲り、
私は兄の元に戻って来たのです。時に私は53歳、兄は59歳、母は80歳に成っていました。

14歳の初夏の頃男と女の関係に成った私と兄は、私が結婚するまでの10年の間、
世間と母の目を盗んで情交を重ねて居りました。兄は私が妊娠しない様常に気を使って呉れて、
時に私が「中に出して」と言っても情に流される事無く、コンドームを使い、或いは私の口の中に
放出するだけで、兄の精液で膣内を汚す事は有りませんでした。

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戦後を生きた母と私と妹と。其の九

◇妹佐智子。其の一
07戦後を生きた母と妹と私
出戻りの妹、佐智子と同居して五年目、母君代が85歳で亡くなりました。
母君代は私が最初に愛した女で七十過ぎまでセックスしていた相手です。
妹が出戻って来て、私とセックスする様に成っても、
母君代が生きてる間は、佐智子の中に射精する事無く、
ペッテイグとクンニだけで佐智子をイカセテ上げて居りました。
其れは私が母君代とセックスを始めた時と全く同じパターンで、
私の中に有る性に対する価値基準に基づくものでした。

私の「性に対する価値基準」とは。
生殖行為に基づく交尾は、本来的に子孫を未来に残す、と言う
生命の継承に関する神から与えられた崇高な行為で、
人間は愛し愛され、夫婦と言う関係のみに許される事で、
女性の膣内に男性の精子を放出し妊娠を目的に行うもである事。

そして性器の挿入を伴わない、或いは厳格に避妊の準備をして、
妊娠を避ける行為、(ペッテングやクンニングス、フェラチオン)は、
キッスや抱擁と同じで、好ましいと思う者同士のコミュニケーション
なのでで有り、癒しの行為だと思って居るのです。

妹、佐智子が私との行為の後で言っていた
『兄はこの期に及んでも私の中に射精して呉れないのが不満でした。
もう生理も終わり妊娠の心配も無いのに・・・
矢張り私達は本当の夫婦の様な関係には成れないのでょうか。
何に兄は拘って居るのでしよぅ。私は私の中に兄のザーメンを
一杯受入れて、蕩ける様な恍惚の時を共有したいのに・・・』

と言うのも母が生きてる間は母が私の妻で有るとの気持ちからで、
母が亡くなった今、初めて佐智子と“夫婦の行為”が解禁されたのです。

私は母の四十九日の法事を済ませ、親類達が皆帰った晩に、
母の遺影の前で佐智子を抱き、私の精液を佐智子の膣の中に注ぎ込み、
母に佐智子を妻とする事を報告し、二人だけの結婚式を挙げました。
佐智子は58歳、私は64歳に成って居りました。

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戦後を生きた母と私と妹と。其の十

◇妹、佐智子。其の二
08戦後を生きた母と妹と私
私は湯船から上がり、素肌に浴衣を羽織り私の部屋で待った。
程なくして佐智子があがってきた。佐智子は布団の端で、そっと浴衣を脱ぎ、
素っ裸で布団の中に滑り込むと、もの狂おしく私に覆いかぶさって来た。

佐智子の手が伸びて私のペニスを握る。私は腰を捻って佐智子の顔のところへペニスを運ぶ、
期せずして相舐めの体位(69)た゜。
オサネの先端を集中的に攻めると、
「もう、もう・・・・そんな、そんな・・・・」
喘ぎの合間には、感嘆詞を挟んでいたかと思うと、
「もう堪らないわ」と、私のペニスをガブリと咥えて呉れた。
オサネ攻めに対する返礼とばかりに巧みな尺八を吹奏して呉れる。

片手で竿をガッチリと支え持ち、頭を上下させて、口中深く浅く交互に舐めたり擦ったりしている。
深くのときは喉チンコに触れんばかりに吸い込み、浅くの時は舌先舌先で雁溝なぞりを専らにする。
ハードソフトを織り交ぜての刺激に一気に昂ぶってくる。
「嬉しい・・・お兄ちゃん気持ち良く成って呉れてるのね、
 わかるわ、だって先から本気汁が滲んでるだもん、私嬉しい・・・」

咥えた口唇を離して、それだけ言ったかと思うと、先程よりも強く激しく咥えこんで、
再攻撃を開始してきた。今度は支え持っている指を動かして刺激を呉れる。
片手で竿摺りするだけでなく、もう一方の手で、玉袋を逆撫でして呉れる。

「おぉ・・・凄く良い気持ちだよ・・・」
何かを訴え報告したくて堪らないのだが、口から出た言葉、月並みのヨガリだけだ。
「いゃーん、ハーモニカを止めないで、舐めるのを止めないで・・・
 もっともっと続けて・・・すいまくって・・・」
新しい愛液が、奥から溢れて来た、一滴も逃すまいと吸い捲くる。

二本指を束にしてGスポットを掻き揚げるようにして差し込んだ。
ザラザラの数の子天井が其処に有る。汁タップリの中を捏ね回すと、
指先に適度な壁肉が触れて、実在感が充満する。ぐじりと舐めを続行する。

「アーァン、たまらないわ・・・オマンコ壊れちゃう・・・」
ヨガリが直接語になり、卑猥の色で染め上がってくる。
指を締め付ける秘肉の蠢きはいよいよ強く激しく成ってくる。

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プロフィール

アヤメ草

Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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