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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

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小説・秋の夜話。其の一

秋の夜長 1-2
戦乱を避けて、近くの田舎や遠い山里に一時居を移すことを、当時の言葉で疎開と言った。
大戦後70年を経て既に死語になった疎開と言う体験の中の思い出話も、何時かは影絵のごとく薄れ、
そんな話もあったかと、今更に虚構のごとく人の耳をそば立たせることも有るだろうと、ともあれ事実のみを記す。

増蔵は横浜の空襲を避け、妻の親類の有る群馬の山里に疎開していたが、
同じ様に東京から疎開して来ていたお直婆さんから、アンゴラ兎を一羽譲り受けた。
以前家兎を飼って居た檻が有ったので、増蔵は取敢えずアンゴラをその檻に収容した。

「バァちゃん、これは雌かね?」
と、増蔵はその兎を届けてくれたお直婆さんに聞いた。
「ああ雌だとも。もう四月もたてば子を生むよ」
と、婆さんは言った。

「番(つがい)で飼わなければ、子は生むまい」
「なんの。お前さん。アンゴラはわざわざ番いにして飼うには及ばないんだよ。
 それに、あたしが軒並みに配って置いたから、そこらに相手が幾らも居る。
 甚太郎さんのところにも居るし、弥五郎爺さんのところにも居る。
 兎は猫と同じで雌独りでも子を生むのさ。お前さんとこのように、夫婦が何年も番にな っていても、
  一匹も子が無いのとは大違いなんだよ」

と言われて増蔵は少々腹が立った。
「確かにその通りだよ。しかし腹では思って居ても、そうあからさまに言うもんじゃないよ。
 おいらのところでも、何も子が無いのを自慢為てる訳じゃないんだからね。
 言って良い事と、悪い事ととが有るだろう」
と、ムキになって応酬した。

「おほほほほ・・・言い過ぎて悪かったね。御免なさいよ。都会者はお互いに口が悪くて
 困るわね。本当に子が無いのは淋しいよ。あたしも子供が有ればこそ疎開に来ても暢気に
して居られるんだが、さもなけりゃこの村に一生島流しさ。息子が焼け跡に新築してね、
 店が忙しくなったから、帰って来いと言うんだよ。嬉しいじゃないかね。
 お前さんたちも早く子をおこさえよ。悪い事は言わない。アンゴラは生後七ヶ月で子が
 できるが、一年半も飼えば十倍に増える。本当に繁殖力の強いもんだよ」
「じゃ、子の出来るまじないにアンゴラを飼えと言うのかね。そんならどうも有難うよ」
と、増蔵は不承々々婆さんに礼を言った。

子供が無く淋しい増蔵の家庭を、アンゴラ兎がいくらか明るくしたようであった。
生後三ヶ月の子兎であるが、アンゴラの特徴である白い豊かな毛をふさふさと纏っていた。
その為に何となく物臭そうで可愛げとは言いがたいが、バラ色をした美しい目には、
高貴な油滴を湛えたように湿りがあった。
  1. 疎開先の思い出
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小説・秋の夜話。其の二

秋の夜長2-4
増蔵夫婦が現在間借りをしている大家の農家は、村でも一、二を争う地主であった。
当主の甚太郎は埼玉から養子に来たのであるが、戦争中赤紙召集されて留守であった。
終戦後直ぐに除隊になって復員しては来たが、間もなく農地改革の為、田畑の放棄を余儀なくされ、
一町二反歩の小百姓に転落した。

農地改革とは終戦後に行われた一種の農村革命で、それまで小作にのみ作らせて居た地主や、
その土地に不在の地主は、すべての農地を解放と言う名義で没収せられ、
在村の地主で、自ら耕す者のみが僅かに、数反歩の私有を認められた。
尤も応召者には多少の恩典があって、甚太郎の如きは、掻き集めて一町二反歩という額にも達したのであった。
一方に於いて開放された夥しい農地は、タダ同然の安い報償金、小作農民に分配され、
その為に殆どすべての地主階級は没落し、農村は小百姓の天下となった。

甚太郎の家庭は、年老いて満足に働けない両親と、十歳を頭に幼子が六人、そして頼みとする女房は、
体は丈夫なのだが生来の痴呆で、子供を産む事より他に何の能力もなかった。
甚太郎はこの家の広大な農地を手に入れる為に、痴呆の一人娘と養子縁組をしたのであるが、
今となっては、欠陥と障害と荒廃と苦境が、この家の財産として残されているばかりであった。

その不幸を知るや知らずや、お直婆さんは、アンゴラ兎を甚太郎の家にも届けるべく、
背負籠の中にそれを入れて、孫娘に背負わせてやって来たのだった。その時甚太郎は、
「其処に空いた檻があんべ、序でに入れて行ってください」
と言っただけで、それっきり口もきかなければ、見向きもしなかった。
この男の無愛想さには慣れている婆さんは、別に気にも掛けず、、兎を檻に入れると、
餌なども一緒に入れて、丁寧にお辞儀をして立ち去った。
貧しい農家の肩を持つ勝気な婆さんは、独りで黙々と働く甚太郎を見て、
内心ではざまあ見ろと思ったかも知れない。

甚太郎はこのような木で鼻を括ったような傲慢な男ではあったが、そこらの水呑百姓とは事変わり、
落ちぶれても地主であった。直ぐ其の後から、婆さんの処へ千円も届けてやった。
農村を立ち退く、疎開地の弱者につけ込んで、みすみす五百円もする兎を百円で買い上げるような、
ケチな百姓根性は流石に地主階級にはない。のみならずこの男は地主としてのプライドからか、
疎開者に対しては、最も人間らしい同情を寄せて居たのであった。
戦時疎開という国家事業も、これらの理解ある地主の協力によって行われた事を忘れては成らない。
地主以外の、その日暮らしの貧農は、疎開者と至る処でトラブルを起こしていたものである。

この事は直ぐに村の評判になった。
「本宅じゃお直婆さんに千円呉れたたって事よ」
増蔵の妻礼子は目を丸くして言った。
「地主だもの。昔は御大尽だったんだろう」
「それでも本宅に置いていったアンゴラは雄の方なのよ。
 甚太郎さんて人は、やっぱり疎開者には良くするのね」と、礼子は言った。

元々この夫婦がこの村に疎開するようになったのも、甚太郎を頼って来たのである。
礼子が闇の買い出しに、実家の手蔓を頼ってこの村に出入りしたのがきっかけで、
礼子は夫の仕立屋の稼ぎが、戦争の影響で急に細くなったので、
その補いのため、野菜や米の担ぎ屋みたいな事をして居た。
  1. 疎開先の思い出
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小説・秋の夜話。其の三

秋の夜長6-1
手や足は毎日の畑仕事で、痛ましく日焼けして赤味を帯びては居るけれども、肌の色はくっきりと白く、
人妻とは言え、まだその事を知らない処女の其れであるから、腰の締まりも確りとして居る。
殊に臍下の慎ましい女の象徴は唯影としか見えず。好色漢の垂涎を唆らずには居ないであろう。
是だけの美しい妻を持ちながら、指一本触れる事の出来ない身の不運もさることながら、
如何して是が甚太郎の好奇の目を引かないで居ようか。人知れず覗き見の出来る節穴は、屋内の側にも沢山ある。
例えば隣の農機具置場等に、用事有りげに潜り込んで居れば、つい目の先に、
有りの侭の事々が手に取る様に覗かれよう。風呂場に松薪の小口を揃えたりして、
せっせと並べる一方、こそこそと農機具置場に潜り込んで、礼子の浴巻を脱ぐ所から、
足の裏を拭き終るまでの、一部始終を覗いて居るような痴漢の姿を、増蔵はまざまざと脳裏に描く事が出来た。

礼子はもとより何も気が付かない。そう言う細かい事には気も留めず、又気付いても屈託しない性分である。
赤々と燃え盛る釜の前で、心地よく浴巻を広げて、蚤を捜す事の出来る様になった便利さを、
喜んで居るだけの事で有ろう。湯から上がった後も、厚い胸の前を暫く風に曝し、再び浴巻を被い、もんぺを穿く。

但しあたら玉の肌が、麻の葉の湯巻に包まれたり、野良着やもんぺの姿に戻ったりしたのでは、
そこらにありふれた百姓女の行水を見るのと大差ない。いっそ是が粋な湯巻で被われ、
又派手な大柄の浴衣等着たら、いかに痴漢を悩殺する事であろう・・・。

増蔵はその様な妄想を広げる一方、幸か不幸か、それを実行に移す事が出来るのだった。
或る日農家の仕立物に浴衣を頼まれた序でに、女物の浴衣地を一反工面して、
それでこっそり礼子の浴衣を仕立てて見た。
浴衣や湯巻き位、礼子は自分でも縫えない事は無かったが、商売柄仕立物は一切夫任せで有った。
改めて夫から渡された新しい浴衣と、派手な浅黄の湯巻きを礼子は何の不思議とも思わず、
唯嬉しそうに、「ありがとう」と言って受け取っただけで有った。
そしてその次の日からは、礼子は背負籠の中に其の新しい浴衣を入れて、湯殿に持ち運び、
汗臭い野良着は浴衣と入れ替えに、背負籠の中に捨てるのだった。

此の様な事が有って間もなくであった。滅多に来た事も無い甚太郎の女房が、
或る夜慌ただしく裸足のままで、増蔵の居る離れへ駆け込んで来た。
「増蔵さん、大変です」
「強盗かね?」
「いいえ」

真っ青になって、怒りと驚きに震えて居る痴呆の女房(お兼)の様子が、只事でないと思われた。
増蔵は取るものも取り敢えず、杖に縋って、よろめきながら、お兼と一緒に裏の藪の中に潜り込んで行った。
木立を抜けると、遥か遠方の陸稲畑の中に、浴衣姿の男女が立って涼んで居るのが見えた。
それはまさしく甚太郎と礼子であった。
湯上りの後甚太郎に誘われて、礼子は畑の中まで涼みに出たものらしく、
其れを偶々痴呆の女房に発見されたのである。

「あゝ、あれですか。お兼さん、悪かったね。後で礼子に良く言って置きます。勘弁して下さい」
と、増蔵は女房のお兼に詫びを言った。お兼はそれで簡単に機嫌を直して引き上げたが、
痴呆でも悋気だけは強いらしく、それが人事ならず痛ましく思われた。
彼とてもこの際決して喜んで居る訳ではなかった。
  1. 疎開先の思い出
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小説・秋の夜話。其の四

秋の夜長3-2
自分の妻を他の男に抱かせて、子作りさせようとする、増蔵はその妄想を実現させる手段には事欠かなかった。
仕事の合間には、赤子の着物や肌着など何枚となく拵え、それを礼子に見せ付けて毎日の様に誘惑していた。
礼子は無頓着であると共に、無邪気な女であった。増蔵を終生の夫と頼み、子を生めない片輪者の夫との性生活にも、
決して不満に思った事は無かった。それに娘の頃から増蔵と同棲して、世間へも滅多に顔を出した事がないから、
全く増蔵以外の男を知らずに成長してしまったような塩梅である。殊に田舎に来てからは、過激な野良仕事に疲れ切って、食うことと、眠る事の二つで暮して居る様な女なのである。

しかし、母性は女の本能であるから、夫に言われるまでもなく、礼子は子供だけは欲しいと思う。夫の拵える可愛い
赤子の肌着などを見るに付け、余計にその気持ちをそそられるが、さて男と寝て、どう言う手続きで子供を拵えるのかは
知らないのである。よしんば其れを知っていたとしてもむ、夫とならばともかく、よその男と肌身を汚してまでも、
子供を生みたいとは思わなかったであろう。

偶々礼子が懇意にして、よく出掛けて行く農家に、戦争未亡人の婦人が居た。子供が二人居て、亭主を戦争で亡くし、
今は英霊の未亡人とあって、進んで再婚する事も出来なければ、人の妾にも成れ無いと言う、気の毒な女であった。
或る時礼子は隣組の回覧板を届ける用事があって、この農家を訪れた。戦時下の回覧板と言うのは、隣組の各戸に
それを回して、政府の上意下達の指令を国民に伝えると言うものであった。
戦後はその発信所であった隣組は解散され、回覧板は一時その役目を終わったが、農家では隣保が疎遠であるため、
暫くは戦時のままの隣組や回覧板が残されて居た。その回覧板を持って行くと、農家では自家製の茶をいれ、
煮しめ等を盛り付けて、使いをもてなすのが例であったが、この戦争未亡人もその様にして礼子を引き止め、
小一時間も世間話に花を咲かせた。礼子は帰るに帰られず、困惑していたが、それを尻目に掛け、
未亡人はこんな事を言い出すのだった。

「礼子さん、おら、こっぱずかしくってよ。いわねえうちから、顔が赤くなるようだが、まあ、笑わねぇで聞いてくだされ。
 おめぇ増蔵さんと夫婦に成って居ても、子というがねえで、それについてちょっとべえ聞き申したいだか・・・」
「いやだ。おばさん。あたしだってその内には出来るわよ」
「その内には出来るかも知れねえけれど、今その腹にはへぇちゃ居まい。今までだって出来た事はなかんべ。
 さあ、それをどうして居るだ。そこが聞きてえだ・・・この頃の若い人たちは、
 みんな“衛生サック”を使うそうだが、おめえンとこもそうだか」
「知らないよ。あたし・・・“衛生サック”なんて・・・」

「“衛生サック”も知らねえって・・・じゃ、サックなしでさかって居るんだな。サック無しでも子はできねえのかよ。
 よう。他に子の出来ねえ方法があるなら、教えてくんなよ。どうもおらの方からもよおしてくると子が出来るらしいが・・・
 それも時と場合によっちゃ男衆から手を出してくれるのを待ってばかりはいられねぇんだ、
 女ならその所はわかってもらえるべぇ。正直に話すが、おらついこのあいだ色事をしちゃっただ。
 礼子さん、誰にも言っちゃ困るぜ、ご承知の通り、おらは靖国に祭られている後家だによ。
 戦争寡婦は、身も骨も曲るくれえ欲しい事はあっても男と色事は出来ねえのが建前だ。
 だどもが、身体が求めて来ると、如何にも我慢出来なく成ることもあるわな・・・
 それが一昨日だったのよ・・・黙って居てくんなよ・・・いいかね」
「いやだよ。おばさん。あたし、もう帰るよ」

「まあ、いいわな。ご亭主にも黙っててくんな。世間の口はうるさいだから・・・
 一昨日だったよ。おらが囲炉裏に座って居て、鍋煮て居たら、其処へその男がのっそり来ただわ。
 野良で手を握らした事はあるだも、方々に女があってよ。女たらしだと言うからよ。
 おらに手を出す事はなかんべぇと思っただよ。おら怒った振りをしてよ。さっさと納戸に入ってよ。
 子供の床の中にもぐり込んじまっただ。ところが、男も一緒に床の中に入って来るじゃねえの・・・
 あんまり人を馬鹿にして居るだから、おら後足で蹴っただわ・・・」
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小説・秋の夜話。其の五

秋の夜長2-7
礼子は、軒下の焜炉に柴をくべて、湯を沸かして居るのだった。
「でも、お茶でも飲んでから・・・」
「うん。おら、茶はいらねぇ。増蔵さん。そこの煙草入れを貸しておくんなさい。
 ふーっ美味い。・・・畜類は皆年に一度だな。人間みたいに、年がら年中つるんでちゃぁ、
 お互いに付き合うのが大変だわい。人間ならたっぷり一月は掛かるべえ。
 なあ、増蔵さん・・・あははは・・・」

増蔵は思わず恥白んで、しばし苦笑い噛んだが、
「あははは・・・」
自分でもそれと気付くような、不調和な付け笑いをした。

「じやぁ。遣りに行くべえ。礼子さんそっちの端を背負ってくんな。なかなか重いよ」
と、甚太郎は言った。礼子は恥ずかしそうに、終始無口であったが、
「こんなもの・・・あたし、一人でも持てますよ」
と、いそいそとして言った。
「うん。そうだいな。礼子さんは力持ちだから、一人でも持てべえ」
などと、二人は兎の檻の片端宛を荷いながら、ガサガサと裏の藪の中へ入って行った。

こうした二人の態度には少しも後ろめたい処は無い様であった。
唯檻の中で暴れて居るアンゴラ兎の白い姿が、増蔵に何かを訴えて、
目の前を通り過ぎて行くのが、何時までも印象に残っていた。

増蔵は、その後で一人針を動かしながら、頻りに想像を巡らして居た。
礼子と同じ同じく町育ちの彼は、家畜の交尾と言う様なものは、克って見た事も無いのだった。
しかし路上に戯れて居る、犬猫の動作などから、其の場の光景を如実に脳裏に描く事が出来た。
そして例によって、止め処も無い妄想を発展させるのだった。

母屋の裏庭の、鶏舎や豚小屋の並んで居る所に、アンゴラの雄の檻があった。
甚太郎と礼子は、其処までえっちらおっちら雌の檻を吊って行ったのである。
檻が近づくと両方の兎が騒ぎだした。

「まあ、なんとよく、騒いで居るじやねえか。たまげるな」
と甚太郎は言った。
「礼子さん。そっちの檻の口を開けてくんな。兎が飛び出ねえように気をつけてな・・・
 おらがこっちの檻から雄を出して、入れるだから・・・」

甚太郎は檻の中に手を入れて、雄を掴み出すと、手早く雌の檻の中に押し入れて、
パタンと檻の口を閉じた。二匹がバタバタと暴れ、直ぐ静まり、互いに近寄って身体を嗅ぎ合いつつ、
やがて一匹が他の顎を押さえ、その上に噛み掛かる。かと思うと、早噛みついて首を動かし掛けて居た。
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小説・秋の夜話。其の六

秋の夜長7-2
神の恩寵によって、増蔵の空想のブランクになって居る所は、一体どう言う箇所で有るかと言う問いに、
それは嘘も偽りも無い事実では有るが、小説として示すには、いささか尾籠に失するようである。
増蔵と同じ様に何も知らないで居るのが、小説の美とも考えられるが、
事実の真を写すのが目的の官能小説であるからには、それもなるまい。

「はあ、やっとのことか。やれやれ」
と、甚太郎は思わず溜め息をついた・・・と前文にも見えて居るが、
実はそれと同時に彼は次の様な事も遣ったのである。
彼はやおら立ち上がって、樫の木立のところまで行き、そこで居ずまいを直し、
悠然として、虹の様な大きな弧を描きつつ放尿した。
礼子は檻の端に手を掛けたまま、じっとそれを見て居たが、
「いやだ」
と低く呻いて言った。
「何がいやだ」
と甚太郎は礼子の方を振り返りながら言った。

「派手なおしっこするわね」
「おめえもやらかしたらいいじゃねえか」
「女はそう派手には行きませんよ」
礼子は腰をもじもじさせて、暫くは立ち上がれなかった。
「なんだ、礼子さん。坐ってもう腰が立たねえのか。おらが起してやんべえ」
と言いつつ、身仕舞を直しながら、近寄って来た時、礼子は慌てて、身体を遠く退けた。

甚太郎は礼子の腰の辺りに好色の目を注いで、
「よう。おめえもやらかしちゃどうだい」
「家へ帰ってからする」
「なんの。おめえ。それじやぁ水臭えぜ。誰が見て居る訳じゃねえ・・・二人だけだわ」
家までは保たないらしく、礼子は直ぐもんぺの紐を解き掛けたが、それも間に合い兼ねるか、
慌てふためいて、たくし下ろすのが、精一杯であった。

「それ見ねえ。溜まって居たんだろ・・・言わねぇことかな。
 地面が掘れて穴があいちゃつたわい」
「いやよ。見て居ちゃ・・・」
兎の檻を遮蔽に、向きもそのままで、礼子は蹲って居るのだった。
甚太郎はその檻の上にどっかと尻を据え、礼子の方を見下ろすように覗きながら言った。

「待て、待て。おら紙持ってるだわい」
「いいのよ」
「ほら、これでおしっこ拭きねえ」
「紙なんかいいの。拭いた紙をそこらに捨てるのが嫌だから・・・」
「ほんに。だらしのない跡みてえだからな」
「嫌な人・・・直ぐそう変な事を言うだから」
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小説・秋の夜話。其の七

秋の夜長9-4
「嬉しいか。なあ・・・」
と男が囁いた時、礼子は如何して良いか判らなかった。
「旦那さん」
「あによ」
「あたし、恥ずかしいけど、如何して良いか判らないの」
と、礼子は辛うじて声を出してそう言った。
「それが殺し文句と言うんだべえ。嘘にしても良く出来た洒落だわい。
 礼子さんよ。良く言って置くがな。帰ったら直ぐ増蔵さんに尽くしねえよ。
 それでねえと、間男したのがばれるでな」

「でも、あたし、旦那さんに操を立ててる・・・うちの人とは・・・」
「殺し文句が盛んに出るなあ。これじゃ男は堪らねえ。ほら寄って見ねぇ。
 増蔵さんほどではねえかも知れねえが、おら、村じゃ美男の方だわ」
「ねぇ、お前さん、お留さん、お留さんを知ってる」
「戦争後家の婆か。知ってるともさ」
「いいえ。旦那さんに聞いてるんじゃないの。その・・・むな内に聞いてるのよ・・・」
「ふん。小旦那にかい。小旦那はこの通り太え野郎だから、大抵の後家の家は覗いて居べえ・・・
 あちちち・・・そう邪険にひねるなよ。ひねりようによっちゃ、恐ろしく痛え事があるんだわ」

「女が心を許さなければ、何でも子が出来ないって言ってたけど、ほんと・・・」
「はあ。戦争後家に何か聞かされて来ただな」
「ねぇ。女が心を許って、どう言うこと。教えて頂戴。あたしにも・・・」
「適わねえな。そう真綿で首を吊るように、遠回しに妬かれちや。
 いっそ位牌の事も聞いたなら聞いたと、はっきり言って貰いてえ。
 あの婆、また詰まらねえ事を喋ったんじゃねえか。ありや皆嘘だわい」

「妬いてんじゃないのよ。ねえ。心を許すって、如何言う事・・・
 あたし子が欲しいんだから教えてよ・・・」
「可笑しくって、教えられねえよ。誰でも判ることだわ。ほんとうに・・・」
男は面倒臭がって取り合わなかった。心はもとより、場所も落ち着かず、詰まらぬ痴話の戯れに、
時を移すでもないのである。礼子はしょうことなしに、男から離れて藁の上に坐るのだった。

「誰か来るでよ。なあ」
と急き立てられて、礼子は藁の上に顔を伏せ、片手を後へ回して、少しづつ浴衣の裾で顔を隠した。
暗がりに目が馴れて来ると、そこらが薄明るく見え出した。隣の風呂場の焚き残りが、筒抜けに屋根裏に移り、
その反射でぼんやりと此方の部屋も照らされて居る。甚太郎の目の前には、意外にも女が身仕舞して坐っている。
浴衣の袖はすっぽりと頭にかぶさり、肩と胸とが剝き出しになって居るのだった。
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小説・秋の夜話。其の八

秋の夜長3-1
「隣の吉べえんところで、アンゴラを掛けべえと思ったら、吉べえの奴、掛けさせてはやるが、
 結納をよこせと言いやがった。冗談こくない。たかが兎を掛けるのに、種料を取るなんて、
 ベラボウな事があるものかと、カッと向っ腹が立って、途端にひねっちまったんだが、
 いたい損だったわい。なぁ、増蔵さん。おめえは好い所あるだよ。
 流石は都会者だで、そんな水呑百姓みたいな、しみったれた事は言わねえや。
 仕立賃なんて、一度だって催促した事ねえだもんな。ふんとに今日は良く来て呉れた。
 まぁ、たんと食っておくんなさい」

平素の仕立賃の借りを蕎麦で果たそうとする、爺さんの魂胆はこれでよく判った。
爺さんは、増蔵の呑み残したビールまで片付けて、そろそろ機嫌が良くなって来る。
増蔵はせっせと蕎麦を掬い上げては、啜り込んで居たが、香りの高い新蕎麦の味は、
空襲に遭わぬ前の横浜を懐かしく思い出させるのだった。

「思い出すよ。おじさん、戦争に成ってからは、横浜ではもう蕎麦などは、てんで食えなかったが、
 薮蕎麦、更科・・・みんな美味かったね。この蕎麦もそれに負けない位美味いよ」
「そうだんべえ。おらが打った蕎麦だ。
 夜這いと蕎麦切りに掛けちゃ、おらの右に出ずるはねえだ。わははは・・・」
と笑い掛けて、急に小声になり、
「こんな処で言っちゃなんだけれど、増蔵さんよ。おめえんとこの礼子さんは、
 渋皮の剝けた好い女だが、ちと此の頃変だわい・・・」
増蔵は、ドキリとして、思わず箸を止めた。

「何か礼子に変な噂が立ちましたか」
「こんな処で言っちゃなんだけれど・・・」
爺さんは一つ事を呻く様に言った。亭主には気の毒だとて言い渋って居る様にも見えたが、
と言って別に根拠が有るのではないが、と、躊躇して居る様にもとれた。
爺さんの言う事は、大体に於いて世間の噂と同じで有ったが、それに少し新しい事実を付け加えたのだった。

「子でも出来たら事だわい」
増蔵は、はっと思ったが、わざと空惚けて、
「全くだ。おじさん・・・夫婦のその上にまた子でも出来たら、私たちは食えませんよ」
と、容易く爺さんの言う事を肯定した。うっかり悪い事を、口に滑らせたとは思ったが、
意外にも増蔵が、それを他の意味に取ったらしいので、爺さんは稍々安心して、
前言を取消すかのように、頻りに増蔵を慰めに掛かるのだった。

「なんのなんの。弥五郎爺がついてるだ。米の一俵や二俵は、何時でも貸してやんべえ」
その一俵二俵のところが、この界隈各戸の供出の全納高で、而も爺さんの処等はその額の供出にも
事欠くのであった。爺さんの高言は、戦車でも機関銃でも持って来いと言う類の空元気に過ぎないのである。
「増蔵さんよ。早く子を拵えるだな。子さえあれば、世間では何も噂をしやしねえ。
 子がねえから色々の事を言うだ」
「出来るなら、いっそ出来ちまった方が、煩わしくないだろうか。それとも却って煩わしいかね」
増蔵は呟く様に言った。
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小説・秋の夜話。其の九

秋の夜長8-7
漸く我が家へ辿り着いた増蔵は、忍び足で戸際に近づき、杖の先でコトコトコトコトと
縁の下の羽目板を叩いた。それで夫だと言う事が分かるのである。
部屋の中には、電灯に被いを掛けて、甚太郎と礼子が一つ床で寝て居た。
「コトコト音がするじゃねえか」
甚太郎は耳敏く聞き咎めた。風の音にも心を配る間男の早耳であろう。
礼子も、聞き耳を立てて、じっと考えて居たが、
「ああ、アンゴラよ。宵に餌を遣らなかったからお腹すかして騒いで居るのでしよう。
 いつも縁側に入れて置くのですが、今日は外に出してあるから、兎も淋しいんでしよぅ」
と言った。

「煩いな。気になって仕様がねえ」
「じやぁ、餌をやって来ましょうかね」
恰も良き折を見出して、礼子はむくむくと起き出した。
寝巻きの帯を結び直し、半纏を引掛け、走りよって障子を開け、
それを閉め、ぴたりと廊下の雨戸にとつついた。

コトコトコトコトと音がする。ああ、夫だ。どうしようと思った。
不時の帰宅の場合も、かねて示し合わせて在る事ゆえ、戸を開けるのは何の造作も無いが、
鉄よりも重い良心の雨戸。それを開けて、どの顔を夫に会わされよう。

コトコトコトコトと音がする。夫の杖の先が、心臓に当たり、乳房に触れ、
次第に下腹へと下がって、骨の髄の辺りを突く様な気がする。其れまではその存在を
意識した事も無いような、微かな胸の先へもそれが触れ、思わず前を押さえた。
もう其処は夫以外の精を受け入れ飲み干して汚れて居るのだった。

戸袋に近い雨戸の一枚を開けると、身体を外に出して、手早く閉め、
足で探って草履をつつかけながら、礼子は栢の立木の陰まで這い寄った。
其処に増蔵が、しょんぼりと立って居るのだった。

増蔵が、礼子を抱き抱える様にすると、礼子は、その顔を押し付けて来た。
白粉を塗って居ると見えて、その匂いがプーンと香った。
増蔵は言うべき言葉を知らなかった。胸は早鐘を突いた様であった。

「礼子。俺は腹が痛くなって急遽帰って来たんだ」
「まあ」
「下っ腹が痛むんだよ」
礼子はその辺りへ着衣の上からそっと手を当てた。
「困ったわね。村にはお医者は居ないし・・・」
「もっと強く抑えて見てくれ」
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小説・秋の夜話。其の十

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礼子は夫が縁側に入り込むと言うので如何なる事かと肝を潰したが、案外無事に片付いたので
ホッとした。そして、甚太郎が早く帰って行って呉れる事をのみ心の中で念じて居た。
そうなったら、サッサと帰って呉れれば良いと思っていたが、この男は何時も思い切りが悪く、
又座ったら尻が長いので、とうとうこう言う間の悪い場面に成って仕舞ったのである。
どちらを見ても男と言うものは底意地が悪く、礼子はつくづく情けなくなった。

甚太郎は、礼子が終始おどおどして、落着かぬさまで居るのが物足りず、実はもう目的も達し、
用事は済んで居るのでは有ったが、何となく後味が悪く、帰り兼ねて居たのだった。
女郎買いと同じ様に、漠然ともう少しと思って居たのである。
その相の手の、礼子がアンゴラの檻を縁側に入れ、其の事に付いては、甚太郎は何の疑いも
持たなかったが、たとえ家畜にせよ、今は何か窮屈さえ感じられて来るのであった。

「礼子さん。もっと灯りを明るくしねえか」
甚太郎は胡散臭そうに言った。
「もっと明るくしなよ。まるでお通夜の晩に泊まったようだ。
 おらあ、礼子さんをもっと良く見て見てえんだがな」
明るくすれば、何か互いに目につく事があるのであろう。甚太郎の目にも、
又夫の目にも・・・彼は障子の穴から覗いて居るのに違いないのだった。

「明るくするのは嫌。それだけは嫌です」
礼子は必死に成って反対した。何事も言いなり次第に成ってい居た礼子にしては、
珍しく強情だったので、女の本性に触れた様な気がして、甚太郎は又新しい興味を催した。
「よう。おら、こんな薄ぼんやりして居るのは、
お化けが出そうで、却って気味がわるいよ・・・」
「しゃぁ、一層のこと消したら・・・」
「うん消した方が、情が湧くべえ」
「知らないのよ。情が湧いたって・・・」

甚太郎の手が襟の辺りを探って来る、男の手を気にしながら、礼子は身体を起こして、
電灯を消した。途端に、ほっと気安いものが感じられたが、同時に、
一枚しか羽織って居ない夜着を剥ぎ取られて居た。

「礼子さん。これを、おらに貸してくんな。なに、そのうちにけえすだから・・・」
「いやだよ。そんなもの貸して、おかみさんに見つかったら大変だわ」
「なに、大丈夫だ。おら、懐に入れて、誰にも見せやしねえ」
「いやらしい・・・よしなさいよ」
「序に襦袢も借りるべえか」

それが女を裸体にする口実だと知った時、礼子は思わず赤くなった。
「いやだ、あたし・・・それじやぁ丸裸になるじゃないの・・・」
「いいだ、いいだ。やるには至極いいだ」
「いやだ。わたし・・・もう、それは沢山。かんにんして・・・ねぇ。後生だから・・・」
「肌を触れ合うとは、これだんべえ・・・ほら、おれもこの通り裸だ・・・捲くる世話もねえ」
途端に礼子は肉体的にはそれを求めていても、精神的には身を切られるような、
悲痛な衝動を与えられた。
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小説・秋の夜話。其の十一

秋の夜長3-2
「うん、大分良くなったんだが・・・」
「抑えてあげる。痛いのは何処なの」
「俺・・・抑えて貰うより、おまえとしたい・・・」
「何言ってるのさぁ・・・さっき覗いて居て、助平心起こしたんでしょう?
 じゃお前さんふんどし取らなくちやぁ・・・
 あら、萎んじまわなかったのね・・・あたしが浮気して居る間に、
 お前さんのが萎んじまったかと思ったのに・・・」
「なに、俺は大事に手で囲って居たんだ・・・」

増蔵は半ば無意識ながら、礼子が種をつける間、己のマラを撫でたり、揉んだり、
瞬時も手を休めなかったのである。
「ああ、これを慰めていたんだね・・・じゃ、ついでに私のもそうしておくれ・・・
 楽しむ前に両方で盛んに元気づけるものだよ・・・」
「お前、あんな事を何度もやって平気なのか・・・」
「あたしゃ平気だけれど・・・だけど、お前さん、今子袋に麦を蒔いたばかりで
直ぐ燕麦蒔いていいかしら・・・いっそ明日にしたら・・・」
相殺と言う事も、有りそうな事である。

「明日になりや、俺のが勃つか如何か判らねえ。
今までだって萎まないよう大事に囲って居たんだ」
「アラ、それじやぁ急がなくちゃ・・・
 役立たなくならないうちに・・・さあ、早く」
礼子は直ぐに仰向けになって、手を掛けて増蔵を引き寄せるのだった。

「あたしに乗る?それとも杖を持って来ようか」
「杖をついてやる奴もいなかろう」
増蔵は苦笑いした。夕べを待てない陽炎のようなはかない営みであった。
どうやら交わったか交わらなかった瞬間、増蔵は命の証を放出していた。

「アラ、とうとう出来たぢゃない。これで良いの。
 こうして仰向いて居れば、子種が自然に子袋(子宮)に入って来るから」
礼子は夫を蔑みもしないで、尻をさすって激励した。

「もう、いいのかい。ピクピクさせて、出るだけ出すのよ」
「うん」
「すっかり出した。もうピクピクしない?」
「うん」
「じやぁ、後始末して上げるから。お尻を持ち上げて、じっとしているのよ」
子供の雪隠よろしくで、夫の貫禄は殆ど有るか無きかであるが、
それでも礼子は優しく、増蔵を労わった。
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アヤメ草

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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
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有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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