小説・秋の夜話。其の六
神の恩寵によって、増蔵の空想のブランクになって居る所は、一体どう言う箇所で有るかと言う問いに、
それは嘘も偽りも無い事実では有るが、小説として示すには、いささか尾籠に失するようである。
増蔵と同じ様に何も知らないで居るのが、小説の美とも考えられるが、
事実の真を写すのが目的の官能小説であるからには、それもなるまい。
「はあ、やっとのことか。やれやれ」
と、甚太郎は思わず溜め息をついた・・・と前文にも見えて居るが、
実はそれと同時に彼は次の様な事も遣ったのである。
彼はやおら立ち上がって、樫の木立のところまで行き、そこで居ずまいを直し、
悠然として、虹の様な大きな弧を描きつつ放尿した。
礼子は檻の端に手を掛けたまま、じっとそれを見て居たが、
「いやだ」
と低く呻いて言った。
「何がいやだ」
と甚太郎は礼子の方を振り返りながら言った。
「派手なおしっこするわね」
「おめえもやらかしたらいいじゃねえか」
「女はそう派手には行きませんよ」
礼子は腰をもじもじさせて、暫くは立ち上がれなかった。
「なんだ、礼子さん。坐ってもう腰が立たねえのか。おらが起してやんべえ」
と言いつつ、身仕舞を直しながら、近寄って来た時、礼子は慌てて、身体を遠く退けた。
甚太郎は礼子の腰の辺りに好色の目を注いで、
「よう。おめえもやらかしちゃどうだい」
「家へ帰ってからする」
「なんの。おめえ。それじやぁ水臭えぜ。誰が見て居る訳じゃねえ・・・二人だけだわ」
家までは保たないらしく、礼子は直ぐもんぺの紐を解き掛けたが、それも間に合い兼ねるか、
慌てふためいて、たくし下ろすのが、精一杯であった。
「それ見ねえ。溜まって居たんだろ・・・言わねぇことかな。
地面が掘れて穴があいちゃつたわい」
「いやよ。見て居ちゃ・・・」
兎の檻を遮蔽に、向きもそのままで、礼子は蹲って居るのだった。
甚太郎はその檻の上にどっかと尻を据え、礼子の方を見下ろすように覗きながら言った。
「待て、待て。おら紙持ってるだわい」
「いいのよ」
「ほら、これでおしっこ拭きねえ」
「紙なんかいいの。拭いた紙をそこらに捨てるのが嫌だから・・・」
「ほんに。だらしのない跡みてえだからな」
「嫌な人・・・直ぐそう変な事を言うだから」
「礼子さんよ」
「何よ」
礼子はふと目を上げて、甚太郎の方を見た。胸の前で、太い腕を組んだままで、
「どうせ、人の居ない序だから、おら達もつるもうじゃねえか・・・」
と、甚太郎は言った。
「いやだぁよう・・・」
「だっておめえ、再三子が欲しいような事を言ってたじゃねえか」
礼子は忽ち耳の根を染めて、俯いてしまった。それと直接には言わなかったけれども、
すでに道ならぬ恋のささめきは、男にも通じて居た訳である。
「顔を赤らめたな。恥ずかしかんべえ。言って見れば、女の据膳だ。おら食うべえよ。
据膳食わぬは男の恥だわい」
「あたし、そんな事言やしないよ」
「「あははは・・・すぐ顔を染めるような女だもの・・・めったに据膳なんか男に振舞う筈もねえだとよ」
礼子は、はっきり態度を決めなければ成らなかった。間男させる男に、今更恥ずかしい等と言っては居られぬ。
亭主にも見せない、打ち解けた親しみも示さなくては、男に逃げられてしまうと思った。
「礼子さん。どうするんだよ。おい」
それは問うだけ野暮であった。礼子はもう何も言わず、其の場で甚太郎の意に応じる用意をして居たのである。
しかし男女間の気持ちと言うものは、いざとなって、中々通じ難い面がある。
殊にお互いに今まで固くして居たから、この仕儀ななると、一層ぎごちないものに感じられるのだった。
樫の木立を一列に並べた地境の外は、一帯の陸稲畑であった。陸稲の黄ばんだ波の彼方には、
バスの通う往還路があって、その辺りまで、すっかり見通しに成って居る。
こうした開けっぴろげの場所では、これ以上男女が身体を接近させる事は実は困難でもあった。
それでなくとも、母屋の裏に、甚太郎と玲子が潜んで居る事を、近隣の誰かが逸早く嗅ぎ付けて、
何処かの木の間から覗いて居ないとも限らないのだった。
「礼子さん。ほら、おらの気持ちは何時も言ってんべえ。親は気兼ねでも、
ほれ、この通り息子は張り切ってるだかんな」
「いやな人だこと。こんな所で変に気を揉ませて・・・」
礼子は膝小僧の間にたくし込まれて居た、白い湯巻の端を掴むと、膝を大きく開け、
隠し処をちらりと見せて、湯巻で押さえた。
「そこを拭くだがか、惜しいな。いい塩梅に濡れて居たべえ・・・」
「だって、おしっこした後、拭かなきゃ気持ちが悪いもの」
「おい、序に拝ませろよ、お前の奥の院をよ」
「そんなにえげつなく言わなくたって・・・だから、男はいや」
礼子は一瞬手を放した。
「誰のも同じよ・・・かあちゃんのを見て居るくせに・・・」
「ああ、目が潰れそうだ。どうだ、おらの息子の猛りようは・・・」
甚太郎はこれ見よがしに逸物を手で握り、二つ三つ扱いて見せた。
「男が独りでする時はこうして・・・女のせんずりはどうするだか・・・」
「まあ、イヤだ、そんなこと・・・」
「よう、女はどうするだ・・・男は知らねえからよう・・・」
「ここんとこ・・・指で・・・」
礼子は蹲ったまま指で前をせっいて見せた。
「やっぱり、豆を弄くるだな」
「いやだ、知ってるくせに・・・」
男女の距離は、二、三尺を隔てて居るから、遠目には何をして居るか判らず、覗かれるのを警戒しながらも、
二人は恥も外聞もないことをして居るのだった。
「おめえ、何とか言いなよ。女も感じてきたら、へんなことを思うんだんべえ」
「思っても、口には出せないよ」
「女をくどいて、知らん振りされるのは、おら初めてだ・・・」
「かあちやんに叱られるよ・・・」
「何か殺し文句はねえのかい。おらもう一声で発射しそうだぜ。ほら・・・先走りの雫が出てるだ・・・」
「旦那さん。待って・・・」
「あによ」
「もったいないから、あたしにその子種を飲まさせて・・・」
「そ、傍へ寄るな。前の街道から丸見えだ」
礼子は、半泣きになって、
「そんな事言ったって、罪だわよ。ああ、あたし、見られたって良いから・・・」
女はいざと成ると大胆に成れるものらしい。礼子は弾かれた様に慎太郎の傍に駆け寄った。
礼子の積極さに流石の甚太郎も驚いた。それが居ながらにして、孤閨に置かれて居る女の、
人知れぬ苦悶の整理とは、男の知る由もなかったであろう。
「抱いてやりてえが・・・此処じゃ、八方破れの見通しで、どうにもならねえ。
おめえ、遣りたくって泣いてるのか・・・弱ったな。いまの内から、そう泣かれたんじゃ。
今夜会うべえ。きっとだ・・・今夜風呂から出たら、直ぐに納屋に入って居ねぇ」
礼子はかすかに頷いた。
その夜、礼子は風呂から出ると、浴衣に着替え、例の如く野良着を背負籠に入れたまま、
其れを提げて納屋の方へ廻った。納戸の軋む戸を静かに引き開け、その中へ身体を入れると、
手拭で顔中に滴る汗を拭った。胸がドキドキして、息も苦しいばかりであった。
其処は風呂場の隣の農機具置場で、中は真暗だが、礼子は普段鍬の出し入れをして居るので、
部屋の中の配置は良く知ってい居た。足の踏み場も無い位に、農具が投げ込まれており、
羽目に寄せて、籾を乾かす藁が四、五枚畳んで積まれてある。礼子は藁を探り当てて、
その上に跪き、受胎宣告を受ける聖処女のように、心を静めて諸天全神を祈って居た。
その様は、檻の中の二匹のアンゴラの様であった。唯あのようにバタバタ騒がないで、
礼子は直ぐに男の胸に顔を埋めた。全く、夢の様な気持ちで有った。
何時までも、此の侭で居たいと思われるような、平和な、安らかな気持ちであった。
何時もは気詰まりで、厳めしい処さえある相手の男であるが、顔が見えないせいか、
少しも窮屈ではない。懐かしい、優しい男、本当に何もしないで良いから、
何時までもこうして居たかった。
- 疎開先の思い出
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演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
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私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。
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