小説・秋の夜話。其の四
自分の妻を他の男に抱かせて、子作りさせようとする、増蔵はその妄想を実現させる手段には事欠かなかった。
仕事の合間には、赤子の着物や肌着など何枚となく拵え、それを礼子に見せ付けて毎日の様に誘惑していた。
礼子は無頓着であると共に、無邪気な女であった。増蔵を終生の夫と頼み、子を生めない片輪者の夫との性生活にも、
決して不満に思った事は無かった。それに娘の頃から増蔵と同棲して、世間へも滅多に顔を出した事がないから、
全く増蔵以外の男を知らずに成長してしまったような塩梅である。殊に田舎に来てからは、過激な野良仕事に疲れ切って、食うことと、眠る事の二つで暮して居る様な女なのである。
しかし、母性は女の本能であるから、夫に言われるまでもなく、礼子は子供だけは欲しいと思う。夫の拵える可愛い
赤子の肌着などを見るに付け、余計にその気持ちをそそられるが、さて男と寝て、どう言う手続きで子供を拵えるのかは
知らないのである。よしんば其れを知っていたとしてもむ、夫とならばともかく、よその男と肌身を汚してまでも、
子供を生みたいとは思わなかったであろう。
偶々礼子が懇意にして、よく出掛けて行く農家に、戦争未亡人の婦人が居た。子供が二人居て、亭主を戦争で亡くし、
今は英霊の未亡人とあって、進んで再婚する事も出来なければ、人の妾にも成れ無いと言う、気の毒な女であった。
或る時礼子は隣組の回覧板を届ける用事があって、この農家を訪れた。戦時下の回覧板と言うのは、隣組の各戸に
それを回して、政府の上意下達の指令を国民に伝えると言うものであった。
戦後はその発信所であった隣組は解散され、回覧板は一時その役目を終わったが、農家では隣保が疎遠であるため、
暫くは戦時のままの隣組や回覧板が残されて居た。その回覧板を持って行くと、農家では自家製の茶をいれ、
煮しめ等を盛り付けて、使いをもてなすのが例であったが、この戦争未亡人もその様にして礼子を引き止め、
小一時間も世間話に花を咲かせた。礼子は帰るに帰られず、困惑していたが、それを尻目に掛け、
未亡人はこんな事を言い出すのだった。
「礼子さん、おら、こっぱずかしくってよ。いわねえうちから、顔が赤くなるようだが、まあ、笑わねぇで聞いてくだされ。
おめぇ増蔵さんと夫婦に成って居ても、子というがねえで、それについてちょっとべえ聞き申したいだか・・・」
「いやだ。おばさん。あたしだってその内には出来るわよ」
「その内には出来るかも知れねえけれど、今その腹にはへぇちゃ居まい。今までだって出来た事はなかんべ。
さあ、それをどうして居るだ。そこが聞きてえだ・・・この頃の若い人たちは、
みんな“衛生サック”を使うそうだが、おめえンとこもそうだか」
「知らないよ。あたし・・・“衛生サック”なんて・・・」
「“衛生サック”も知らねえって・・・じゃ、サックなしでさかって居るんだな。サック無しでも子はできねえのかよ。
よう。他に子の出来ねえ方法があるなら、教えてくんなよ。どうもおらの方からもよおしてくると子が出来るらしいが・・・
それも時と場合によっちゃ男衆から手を出してくれるのを待ってばかりはいられねぇんだ、
女ならその所はわかってもらえるべぇ。正直に話すが、おらついこのあいだ色事をしちゃっただ。
礼子さん、誰にも言っちゃ困るぜ、ご承知の通り、おらは靖国に祭られている後家だによ。
戦争寡婦は、身も骨も曲るくれえ欲しい事はあっても男と色事は出来ねえのが建前だ。
だどもが、身体が求めて来ると、如何にも我慢出来なく成ることもあるわな・・・
それが一昨日だったのよ・・・黙って居てくんなよ・・・いいかね」
「いやだよ。おばさん。あたし、もう帰るよ」
「まあ、いいわな。ご亭主にも黙っててくんな。世間の口はうるさいだから・・・
一昨日だったよ。おらが囲炉裏に座って居て、鍋煮て居たら、其処へその男がのっそり来ただわ。
野良で手を握らした事はあるだも、方々に女があってよ。女たらしだと言うからよ。
おらに手を出す事はなかんべぇと思っただよ。おら怒った振りをしてよ。さっさと納戸に入ってよ。
子供の床の中にもぐり込んじまっただ。ところが、男も一緒に床の中に入って来るじゃねえの・・・
あんまり人を馬鹿にして居るだから、おら後足で蹴っただわ・・・」
「女がその位気をしっかりと持って居れば、色事しても子は絶対に出来ねえだ。
ちっとべえ操は汚れても、子さえ出来なけりゃそれでもよかんべえ。
女の盛りは短けえだから・・・」
「なんか、かんか言って、盛んにあたしを口説くだよ・・・
成る程、亭主には数え切れねえ程何度もつるんだけども、女が満足するような、
そんなことはほんの時たまだ。今でも思い出すようなのは、精々二度位だから、
それで子供が丁度二人居る。つるみあう事の数で子が出来れば、
おらのとこでも何百人と子が生まれちまってるに違えねえ・・・
いいやぁ、おら、其処までも考える暇はなかったんだども、
つい、後を向いたままでそんな事になっただ・・・
なにせ子供は抱いてるし、許しちゃ仏にさわるし・・・
間男はさきさきからが、一番気が楽だとよ・・・ほほほほ・・・・」
「そして昨夜もまた来ただ。だいぶ済まない事をしただから、今日は仏に詫びる積りで、
お供え物を持って来ただ。仏壇に灯りを入れてくんろと言うから、おら蝋燭を点けただ。
ところで色事をしたのは、おらばかりじゃねえ。二人合意の共謀だから、
おめえも共々に良く拝みねぇ、と言うから、おらご先祖様の位牌に聞かれねえように、
仏壇の奥から亭主の新しい位牌だけ出して、前の方に置いただ。
その男はそれをつくづくと見て居て」
「今度からからの時は、その位牌をおめえが抱いたまんまで、よかんべじゃねえか。
亭主を抱いて寝て居ると思えば、おめえの申し訳はおっ立つし、
位牌にしてからが、拝むより、抱いて寝て貰った方がなんぼか嬉しかんべえ。
一層の事、胸の谷間に押し込んで、仏と遺族対面させてやりゃあ、
どんなにか供養になるだか知れねえぜ・・・」
「とか何とか言って、仏壇の前に立ったままで、こうと絡みついて来るだわ・・・」
「いやだあ」
礼子は思わず身をそばめ、囲炉裏の前の仏壇を流し目に見た。
「そこで、葬式の施主の様に、おらが位牌を目八分に持って、納戸に入っただわ。
なんとだらしのねえ、位牌を目八分に持ったままで、又もだらしねえことになっただわ・・・
ほほほほ・・・女は後家が罪が深いだから誰も後家が一番好いと言うだ。
御免なさいよ。話がついえげつなくなって・・・おら、こんなえげつない話は嫌いだよ・・・
さて位牌を懐に入れて見たが、オッパイに触って気色が悪いし、出して置くとこもなし、
出したり入れたりして、つい腋の間に挟んだだよ。それが男の計略と気付いたときは、もう遅かっただ。
それ、この節の安物の位牌だから塗りが悪い。金が剥げるんだんべえ。
胸に金が付いたから、何のことはねえ、おら男になったたよ・・・ほほほほ・・・ほほほほ・・・
大丈夫だか。おらつい許したで、若しか孕みはしなかろうか。
一度礼子さんに良くその事を聞いて見ようと思って居たのよ」
「知らないわ。そんなこと」
「ほほほほ・・・まあ、そう言わねえで、教えてくんなよ。女の方でつい許しても、
孕まねえこともあるのかい。おめえだって知ってる事もあるんだんべい」
礼子はほうほうの体で逃げ帰った。この種のしつこい農家の女達は、礼子を嬲り者にして、中々離さないのであった。
増蔵は、何れ、礼子をからかう為の、女共の作り話で有ろうと思い、成るべくそんな所へは、近寄らない方が良いと、
礼子には言い聞かせるのだった。
世間の者どもはこのようにして、礼子をからかい春情を掻き立てたが、春ともなれば小鳥の囀りも、自ずから耳に入る。
礼子はこうした話に吾から進んで耳を傾け、人知れず顔を赤くする様な事もあったのである。
お直婆さんが東京に去ってから、四ヶ月が経過して、アンゴラ兎は完全に成兎となった。
最初譲渡の時、分配に不公平があると、後の揉め事に成ると言うので、お直婆さんがそこらで分配したのは、
皆生後三ヶ月の子兎であった。親兎やその他の半端者は、掛け構いのない隣村へ持って行って処分したのである。
従ってそこらのアンゴラは一斉に定年に達し、形が急に大きくなり、餌を貪り食うばかりでなく、動作も荒くなり、
絶えずガタガタと檻を揺すった。さて繁殖期ともなれば、嫁婿の対を作るので、村は又一頻り賑やかな事であった。
「増蔵さんとこの雌は、母屋の雄を掛ければいいだ」
「えらく子を生むんだんべえ。あの雌は・・・どうでも生みてえような顔つきだもの」
増蔵の耳にも、自然こう言うような話が伝わって来た。何処の雄と掛けようと、大きなお世話であるが、
それだけに何かの当てこすりの様にも感じられた。しかし口さがのないのは村人の常であるから、
一々そんな事を気に掛けては居られないとも思った。母屋でもアンゴラを掛けると言って、
女子供は騒いで居たが、主人の甚太郎は何時もの物臭で、一向にそれに取り掛かる様子も無かった。
甚太郎は礼子を連れて、毎日野良に出て居り、田圃の仕事に忙しかった。
早稲の稲を刈る頃で、農家では大人も子供も野良に出て居た。
“日々これ好日”うららかな晴れた日が毎日の様に続いて、この頃家の中に居るものは、増蔵の他には居ないのだった。
或る日甚太郎は礼子と一緒に、ぶらりと野良から帰って来た、母屋へは行かず、いきなり増蔵の居る離れへやって来て、
「今日は掛けべえと思う」
と、出し抜けに言った。
「まあ、お掛けなさい。めったにお掛けに成った事もない人がめずらしい・・・」
と言って、増蔵が縁側に座布団を出し掛けると、甚太郎は大きに笑って、
「違うだよ。その掛けるじやねえだ。アンゴラのことよ。増蔵さん。アンゴラを掛けべえじゃねえか」
と言った。
「何処で掛けるんですね」
「成るべく子供など見られねえようにと思って、実は檻を見て居たんだが、
幸い今日はそこらに誰も居ねえ。ここの檻をおらんさこへ持って行って掛けべえ」
「手伝わなくてもいいのかね」
「なぁに・・・」
と、言い難そうにして、
「ああ、そうだ。序に礼子さんに手を貸して貰って・・・檻を吊って行くべえ」
「そうかね。じゃあお願いします。礼子、手を貸してあげろよ」
と、増蔵は礼子を顧みて言った。
事が事なので、三人三様に照れ臭いものが有ったのである。
- 疎開先の思い出
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