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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

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小説・秋の夜話。其の八

秋の夜長3-1
「隣の吉べえんところで、アンゴラを掛けべえと思ったら、吉べえの奴、掛けさせてはやるが、
 結納をよこせと言いやがった。冗談こくない。たかが兎を掛けるのに、種料を取るなんて、
 ベラボウな事があるものかと、カッと向っ腹が立って、途端にひねっちまったんだが、
 いたい損だったわい。なぁ、増蔵さん。おめえは好い所あるだよ。
 流石は都会者だで、そんな水呑百姓みたいな、しみったれた事は言わねえや。
 仕立賃なんて、一度だって催促した事ねえだもんな。ふんとに今日は良く来て呉れた。
 まぁ、たんと食っておくんなさい」

平素の仕立賃の借りを蕎麦で果たそうとする、爺さんの魂胆はこれでよく判った。
爺さんは、増蔵の呑み残したビールまで片付けて、そろそろ機嫌が良くなって来る。
増蔵はせっせと蕎麦を掬い上げては、啜り込んで居たが、香りの高い新蕎麦の味は、
空襲に遭わぬ前の横浜を懐かしく思い出させるのだった。

「思い出すよ。おじさん、戦争に成ってからは、横浜ではもう蕎麦などは、てんで食えなかったが、
 薮蕎麦、更科・・・みんな美味かったね。この蕎麦もそれに負けない位美味いよ」
「そうだんべえ。おらが打った蕎麦だ。
 夜這いと蕎麦切りに掛けちゃ、おらの右に出ずるはねえだ。わははは・・・」
と笑い掛けて、急に小声になり、
「こんな処で言っちゃなんだけれど、増蔵さんよ。おめえんとこの礼子さんは、
 渋皮の剝けた好い女だが、ちと此の頃変だわい・・・」
増蔵は、ドキリとして、思わず箸を止めた。

「何か礼子に変な噂が立ちましたか」
「こんな処で言っちゃなんだけれど・・・」
爺さんは一つ事を呻く様に言った。亭主には気の毒だとて言い渋って居る様にも見えたが、
と言って別に根拠が有るのではないが、と、躊躇して居る様にもとれた。
爺さんの言う事は、大体に於いて世間の噂と同じで有ったが、それに少し新しい事実を付け加えたのだった。

「子でも出来たら事だわい」
増蔵は、はっと思ったが、わざと空惚けて、
「全くだ。おじさん・・・夫婦のその上にまた子でも出来たら、私たちは食えませんよ」
と、容易く爺さんの言う事を肯定した。うっかり悪い事を、口に滑らせたとは思ったが、
意外にも増蔵が、それを他の意味に取ったらしいので、爺さんは稍々安心して、
前言を取消すかのように、頻りに増蔵を慰めに掛かるのだった。

「なんのなんの。弥五郎爺がついてるだ。米の一俵や二俵は、何時でも貸してやんべえ」
その一俵二俵のところが、この界隈各戸の供出の全納高で、而も爺さんの処等はその額の供出にも
事欠くのであった。爺さんの高言は、戦車でも機関銃でも持って来いと言う類の空元気に過ぎないのである。
「増蔵さんよ。早く子を拵えるだな。子さえあれば、世間では何も噂をしやしねえ。
 子がねえから色々の事を言うだ」
「出来るなら、いっそ出来ちまった方が、煩わしくないだろうか。それとも却って煩わしいかね」
増蔵は呟く様に言った。
 
008.jpg
それは間男の子か、亭主の子か、どちらの意味で言って居るのか、判断しがたいものが有ったが、
爺さんは、もとより増蔵の思惑などに細かな神経を働かせて居る訳では無いので、
唯口から出まかせに言った。

「精出して拵えるだな。どの道早く女を子持ちにしちまわなくては駄目だ」
「私の細い腕では、親子三人を養うのはとても無理だと思うんですがね」
「なんのなんの。一人で食えるものなら、二人でも食える。
 二人で食えるものなら、三人でも食える・・・それが世間の常法だわい。
 子と言うは、一人づつ増えて行くでな。稀に双子と言う事もあるけど、
 おめえの腕では双子は無理だわ。世間並みに一人づつ拵えるなら食えべえ」
「じやぁ、直ぐに帰って、夜なべに掛かるかね。あははは・・・いや、おじさん、
 すっかり御馳走になりました」
増蔵は、囲炉裏火の火照りと、いささかのビールの酔いで、真赤に頬を染めながら、
暇乞いを告げて弥五郎爺さんの家を出た。

空は曇って星は隠れ、真暗な夜道であった。杖で探り乍ら、増蔵は四、五丁の道を困苦して
歩き続けた。礼子には、夜道は足元が危ないから、今夜は弥五郎爺さんの処に泊めて貰う
と言って、家を出たのであるが、来て見ると、所詮泊まれる様な家ではなかった。
畳は破れ、軒は傾き、何処も彼処も鬱蒼たるあばら家で、座れる処は、僅かに囲炉裏の
周りしかない。ひよっと爺さんが逆上でもしたら、差し向かいではとんでもない迷惑が
掛かると思われたので、早々にして立ち戻る気になったのであるが、わけても心掛りは
「子が出来たらことだわい」と、爺さんがひそかに呟いた事であった。

増蔵の鋭い神経は、村の噂が早くも、もう其処に追い着いて来て居る事を感じ無いでは
居られなかった。噂を先潜って計画して居る積りが、すでに後手を引いて居るかの様で、
甚だ焦慮に堪えないものがあった。

礼子が先夜の納屋の一件を打ち明けて来た時、増蔵は礼子の不了見を怒るよりも、
先ずその噂の立つ事を恐れた。母屋の老人の耳にでも入れば、即刻立ち退きを
申し渡されるのは必定で、そうなればもう行く先も無ければ、食うあても無い。

この村に来てから、増蔵は殆ど礼子に食わして貰って居るような有様であった。
礼子には一目も二目も置かなければ成らない立場に有ったが、礼子は増蔵を決して
粗末にはして居なかった。昔と同じ様に、増蔵を杖とも柱とも頼み、身を粉にして
働いている。唯子供を欲しがる事は女の性で、将来の寂しさに加え、野良で人に
後指を指される気苦労を逃れたい気持もあって、それとは言わないけれども、
子を産みたい望みは切であった。
秋の夜長4-4
甚太郎を対象に持つことは、始めは増蔵の寝物語の中での冗談事で、単に礼子をからかう為の
妄想半分の痴話に過ぎなかったが、しかしアンゴラに種をつける頃から、
礼子も密かに期待する様になり、夫も合意の上なら、それが一番無難であり、
可能性の有る事の様に思われるのだった。

増蔵夫婦は連れ添ってから、すでに小十年になるが、村に来たのは昨今であり、
子の無い夫婦であるところから、恰も新婚者で在るかの様な印象を人に与えて居た。
偶々礼子が昨日今日に妊娠しても、それが夫婦のその時期としても自然の事の様に思われた。

幾度が思案の末、増蔵は今がその時期である事をハッキリと礼子に言い含め、折があれば、
男を引き入れて、枕を交わす事さえ勧めた。流石に礼子は赤い顔をしたが、礼子としては、
否応もないものだった。夫の意思と在れば、それに従う他は無いのである。
目先の利かない愚鈍の妻は、何時も水先案内の様な賢い夫を唯一途に信じる他は無い。

茫々として、半年先の見通しも付かない敗戦混乱の世の中で、家も無く、行き先も無く、
生活の望みも無い、女の身に、何の思慮も、分別も、また貞操も、潔癖もあるだろうか。
所詮成るようにしか成らないのである。可愛い子供を産む為に、ポマードの髪の匂いのする、
あの男と・・・それを思うと、礼子は今更甘酸っぱい恋心をそそられるのだった。
礼子は、何時とは無く甚太郎を憎からず思う様に為って居たから、夫には言われないが、
こうした成り行きを、一途に嬉しいものに思うのだった。過日の納屋の出来事は、
不幸にして未遂に終わったが、夫の思案の変わらない内にと、礼子は密かに又の逢う瀬を
待ち焦がれて居た。

しかし、今や増蔵は、弥五郎爺さんの口裏から、
それは却って事態をより悪くするのではないかと言う、恐怖に追い込まれた形であった。
自分達の思惑よりも、更に先走った噂が待ち構えて居るとすれば、単にその噂に真実の
根拠を与えるだけの事でしかない。増蔵は最早居ても立っても居られない心地だった。
何とかして、少しでもこの地で生きて行くのに都合の良い道を取りたいと考えるのは、
人間の生存欲であるが、二人は疎開者であり身は不具者である。不具者は不具者なりに、
人一倍自己保存の本能が強いのである。常人の考えないような、先の先まで、
運命の続きを読もうと焦る。哀れと言うも愚かである。

そうした増蔵の、細かな心の動きも、見様によっては、礼子に対する未練がさせる
技とも言えるのだった。事情によって、余儀なく不倫の道を取らせるに至ったとは居え、
克服し難い女への執着と言うものはある。女房を寝取られて良いものか。
増蔵の居ても立っても居られない気持は、其処へも直通する訳であった。
  1. 疎開先の思い出
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アヤメ草

Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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