小説・秋の夜話。其の十一
「うん、大分良くなったんだが・・・」
「抑えてあげる。痛いのは何処なの」
「俺・・・抑えて貰うより、おまえとしたい・・・」
「何言ってるのさぁ・・・さっき覗いて居て、助平心起こしたんでしょう?
じゃお前さんふんどし取らなくちやぁ・・・
あら、萎んじまわなかったのね・・・あたしが浮気して居る間に、
お前さんのが萎んじまったかと思ったのに・・・」
「なに、俺は大事に手で囲って居たんだ・・・」
増蔵は半ば無意識ながら、礼子が種をつける間、己のマラを撫でたり、揉んだり、
瞬時も手を休めなかったのである。
「ああ、これを慰めていたんだね・・・じゃ、ついでに私のもそうしておくれ・・・
楽しむ前に両方で盛んに元気づけるものだよ・・・」
「お前、あんな事を何度もやって平気なのか・・・」
「あたしゃ平気だけれど・・・だけど、お前さん、今子袋に麦を蒔いたばかりで
直ぐ燕麦蒔いていいかしら・・・いっそ明日にしたら・・・」
相殺と言う事も、有りそうな事である。
「明日になりや、俺のが勃つか如何か判らねえ。
今までだって萎まないよう大事に囲って居たんだ」
「アラ、それじやぁ急がなくちゃ・・・
役立たなくならないうちに・・・さあ、早く」
礼子は直ぐに仰向けになって、手を掛けて増蔵を引き寄せるのだった。
「あたしに乗る?それとも杖を持って来ようか」
「杖をついてやる奴もいなかろう」
増蔵は苦笑いした。夕べを待てない陽炎のようなはかない営みであった。
どうやら交わったか交わらなかった瞬間、増蔵は命の証を放出していた。
「アラ、とうとう出来たぢゃない。これで良いの。
こうして仰向いて居れば、子種が自然に子袋(子宮)に入って来るから」
礼子は夫を蔑みもしないで、尻をさすって激励した。
「もう、いいのかい。ピクピクさせて、出るだけ出すのよ」
「うん」
「すっかり出した。もうピクピクしない?」
「うん」
「じやぁ、後始末して上げるから。お尻を持ち上げて、じっとしているのよ」
子供の雪隠よろしくで、夫の貫禄は殆ど有るか無きかであるが、
それでも礼子は優しく、増蔵を労わった。
そのような訳で、その後に礼子が偶々甚太郎と浮気をする様な事が有っても、
神が逢わせた増蔵夫婦の間にひびが入る心配はなかった。
むしろ夫婦間のひびが間男の度に塞がれて、而も段々良くなる法華の太鼓、
回を重ねる毎に増蔵のマラも自信を持って礼子を刺し貫く程に上達してきた。
それから早くも十ヵ月たって、礼子は玉の様な女児を産んだ。
それ見た事かと、世間の噂も一頻り沸いて、礼子が子供を背負って野良に出ると、
人々は目引き袖引き、囁き合った。母屋の老人にも、告げ口をする者があったりして、
果たせるかな増蔵の恐れて居たような、憂慮すべき事態となった。
しかし、心によこしまのない、清らかな夫婦を、神は見捨てる筈がない。
丁度その頃、先に東京に帰ったお直婆さんが、やがて息子と一緒に新築の家に移り、
もとのバラックは、一時人に貸してあったが、その人が立ち退いて急に空き家となった。
いつそ増蔵たちも疎開を引き上げて来て、その空き家で仕立屋を始めては如何かと言って、
婆さんは、わざわざ疎開先きまで出向いて来て勧めて呉れたのだった。
「ほうれ。ご覧。お前さんたちはアンゴラ兎を飼ったので、こんな可愛い子供が生まれたじゃないか」
「ところが間男の子だろうと言って、村じゃ相手にして呉れないんですよ」
「なに。間男の子なもんか。礼子さんはそんな浮気な女じゃないよ。
村の人達は、自分達がお互いに間男の子を生みっこして居るもんだから、
人もそうだと思って居るんだよ。そんな煩わしい処は、一日も早く引越しておしまいよ」
「おばさん。ありがとう。是非お頼みします」
増蔵は前にアンゴラを持ち込まれた時のように不承々々ではなく、渡りに舟と、
直ちに婆さんの勧誘に応じたのであった。
かく思い掛けない幸福に見舞われて、増蔵夫婦は足掛け五年に亘る、
永い疎開生活に終止符を打つ事に成った。
ところで、礼子の生んだ子の父親は、増蔵か、甚太郎か、一体どっちの子なのであろうか。
礼子はその後にも屡甚太郎と枕を交わして居り、而も同じ晩に略同じ事が夫とも起こって居る。
甚太郎が尋ねて来ないと、マラが勃たないと言う、夫の異常体質の為に、自然そう言う結果に
成ったのである。何れどちらかの子には違い無いけれども、其れを鑑別することは、
容易ではないようである。
甚太郎の逸物は確かに強健だけれども、他所に女が何人も居るようで、種液は余り濃くない様だ、
一方増蔵は夕べを待てない程の早漏であるけれど、種液は新婚同様の新鮮さがあった。
又受け入れる礼子の立場から言えば、甚太郎との場合は子を宿す目的よりも愛欲に溺れる感情も強くて、
取り乱しがちであるが、あとになって見ると、後ろめたさに苛まれる事が多く有ると言う。
増蔵とは女の喜びは薄い変わりに、心は安らかにして心身は、深く吸収されてしまう。
これが本来の夫婦の営みなのだと納得出来るのであった。
この様に細かに見てくると、神でさえ滅多にこの裁きは着けられないかのようである。
否々、神もすでに匙を投げて居るらしく、
聖書のマタイ伝第十三章には、次のように述べられて居る。
『天國(てんこく)は良(よ)き種(たね)を畑(はた)にまく人(ひと)のごとし。
人々(ひとびと)の眠(ねむ)れる間(ま)に、(彼(かれ)の)仇(あた)きたりて
麥(むぎ)のなかに毒(どく)麥(むぎ)を播(ま)きて去(さ)りぬ。
苗(なへ)はえ出(い)でて實(みの)りたるとき、毒(どく)麥(むぎ)もあらはる。
僕(しもべ)ども來(きた)りて家主(いへあるじ)にいふ
「主(しゅ)よ、畑(はた)に播(ま)きしは良(よ)き種(たね)ならずや、
然(しか)るに如何(いか)にして毒(どく)麥(むぎ)あるか」
主人(あるじ)いふ「仇(あた)のなしたるなり」
僕(しもべ)ども言(い)ふ
「さらば我(われ)らが往(ゆ)きて之(これ)を拔(ぬ)き集(あつ)むるを欲(ほっ)するか」
主人(あるじ)いふ「いな、恐(おそ)らくは毒(どく)麥(むぎ)を拔(ぬ)き集(あつ)めんとて、
麥(むぎ)をも共(とも)に拔(ぬ)かん。 兩(ふたつ)ながら收穫(かりいれ)まで育(そだ)つに任(まか)せよ。
收穫(かりいれ)のとき我(われ)かる者(もの)に「まづ毒(どく)麥(むぎ)を拔(ぬ)きあつめて、
焚(や)くために之(これ)を束(つか)ね、
麥(むぎ)はあつめて我(わ)が倉(くら)に納(い)れよ」と言(い)はん」』
麦か、毒麦か、それを紛らわす目的で、同時に蒔いた種は、苗が大きくなって、
刈り入れる頃に成らなければ、判断出来ないという。
全くこの比喩に該当する場合と思われるので、亭主の子か、間男の子か、
胞(えな)を洗うような詮議、この際無意味であろうと思われる。
何れにしても、礼子の子である事には間違いないのである。
礼子は生まれたばかりの赤子を背負い、杖に縋る増蔵を労わり助けつつ、
夫婦は新生活の希望に胸を膨らませて、疎開地を立ち去った。
夫婦は来る時も無一物であったが、去る時もやはり無一物であった。
唯一つ、礼子の背中で安らかな寝息を立てて眠る赤子が「疎開土産」となった。
END
- 疎開先の思い出
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アヤメ草(万屋太郎)です。
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今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
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私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
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