湖底に消えた初恋の思い出。其の一
~湖底に沈んだ故郷~
結婚を翌月に控えた娘と、何年ぶりかで故郷の土を踏んだ。
青春映画の一コマのようで誠に微笑ましいシーンなのだが、
微笑ましいとばかりは言えない悲しい思い出が其処にはあった。
少年時代に楽しい日々を送っていた故郷も、
家も友達もみ~んな湖底に沈んでしまった、という事実である。
娘の名前は純子と言って、既に亡くなった妻の絵津子に生き写しだ。
「ここが、お父さんの生まれた所なの?母さんが生きていたら、一緒に来れたのに・・・
ねえ、お父さん、お母さんは此処に来た事があるの?」
「母さんとは東京で知り合ったから、母さんはここには一度も・・・
お父さんは仕事で全国を飛び歩いていたから、此処には時たま来ていたよ。
純子、見てごらん」
私は眼下に広がるダム湖を指差した。
私の生まれた所は、そのダム湖の中にあって四十年以上もの間、
静かに眠り続けている。湖面は山から吹き下ろす風でざわめいて、
空の青と木々の緑を映していた。
私は昭和二十五年に、このダム湖の底にある家で生まれた。
春に生まれたから、春夫と名付けられた。
ダム湖には十五軒ほどの集落があった。
細い砂利道を挟んで、瓦葺きの家が肩を寄せ合うようにして建っていた。
ダムの下手から、河西、横田、横田、佐藤という家があり、
その側に水車小屋があって、向かい側には藤岡、遠藤、そして雑貨屋をしていた
小松の家があったはずだった。
私の家は一番山側に近い家で、家の脇を大きな沢が流れていた、
子供の頃には、水浴びや釣りや沢がに取り等に夢中に成っていた。
家族は木こりをしていた時に、
倒れた木の下敷きと成って足が不自由に成ってしまった祖父と、
炭焼きと木こりをしている父と母、それに私と弟と妹の六人暮らしだった。
生活は楽な暮らしではなかったが、周囲の家の全ては同じ様な
暮らし向きだった為、そう苦にはならなかった。
小学校、中学校は家から四キロほど離れた分校に通った。
冬になると一面の銀世界になり、村は閉ざされ、学校に行けない日が続く事もあった。
しかし、子供にとっては、邪魔な雪も大歓迎だった。家の中が遊び場にとって変わるし、
竹で作ったスキーで近所の子供たちと遊んでいた。
家は奥の間が二部屋、中の間が一部屋あり、居間には大きな囲炉裏があった。
カマドの有る台所と土間とは、仕切る物もなく続いていた。
風呂は五右衛門釜で土間の隅にあり使い古した板戸で仕切られていた。
勿論水道などはないから、水は沢から汲み上げてきて、陶器の瓶に溜めて使う、
毎朝両手にバケッを持って、家と沢とを五、六回往復するのは長男の私の仕事でも有り、
学校から帰ってくると風呂に水を張るのも毎日の日課だった。
夜は藁布団にくるまって寝る。祖父は奥の間に寝て、他の五人は中の間で一塊となって
寝た。夏も冬もパンツ一枚で布団に入る。その方が夏は涼しく、冬は冬で暖かいのだ。
この辺りの人たちは、皆其れを知っていて裸で寝ていたようだし、第一、
体を締め付けるものがなく、快適に眠れるのだ。
一部屋に裸同然で家族が寝ることで、性的なものには早く目覚めたようだ。
私が小学五年生のときである。夜中に小便に行きたくなりふと目を覚ますと、
まるで子犬が泣いてるような、母のかすかな声と息遣いが聞こえてきた。
その声が何を意味しているのか、ある程度の知識はあった。
小便に行きたいのを堪え、胸の高鳴る鼓動を必死で捩じ伏せようとしていた。
が、それは収まるどころか、直ぐ側にいる両親にも聞こえるのではないかと思えるほど、
ますます激しいものになった。
そして見てはいけないと思いつつも、好奇心という誘惑には勝てなかった。
そっと寝返りを打って、両親の方に目を向けた。
目と鼻の先に、布団から頭だけ出して、抱き合っている両親の姿がある。
母は父に組み敷かれて、白い喉元を反らし、ハァハァと息を乱していた。
それは形こそ違うが、野辺で交尾している犬の息遣いにも似ていた。
美しい顔に眉根を寄せて恍惚となっている母を見た時に、
初めて意識の中で性的な興奮を感じたのだった。
其れを境にして、私は両親の性交をたびたび目撃する様になった。
時には裏の物置きで抱き合っていることもあった。
その時は誰の目も気にする事が無いからか、筵(むしろ)の上で二人とも全裸になり、
蛇が絡み合うように求め合っていた。母の白い肌は薄紅色に上気して、全身は汗に濡れ、
壁の隙間から差し込んだ光が、その部分だけ真っ白にボーッと照らし、美しかった。
まるで幻の中での出来事の様に・・・二人の体は溶け合い、ゆっくりと蠢いていた。
結婚を翌月に控えた娘と、何年ぶりかで故郷の土を踏んだ。
青春映画の一コマのようで誠に微笑ましいシーンなのだが、
微笑ましいとばかりは言えない悲しい思い出が其処にはあった。
少年時代に楽しい日々を送っていた故郷も、
家も友達もみ~んな湖底に沈んでしまった、という事実である。
娘の名前は純子と言って、既に亡くなった妻の絵津子に生き写しだ。
「ここが、お父さんの生まれた所なの?母さんが生きていたら、一緒に来れたのに・・・
ねえ、お父さん、お母さんは此処に来た事があるの?」
「母さんとは東京で知り合ったから、母さんはここには一度も・・・
お父さんは仕事で全国を飛び歩いていたから、此処には時たま来ていたよ。
純子、見てごらん」
私は眼下に広がるダム湖を指差した。
私の生まれた所は、そのダム湖の中にあって四十年以上もの間、
静かに眠り続けている。湖面は山から吹き下ろす風でざわめいて、
空の青と木々の緑を映していた。
私は昭和二十五年に、このダム湖の底にある家で生まれた。
春に生まれたから、春夫と名付けられた。
ダム湖には十五軒ほどの集落があった。
細い砂利道を挟んで、瓦葺きの家が肩を寄せ合うようにして建っていた。
ダムの下手から、河西、横田、横田、佐藤という家があり、
その側に水車小屋があって、向かい側には藤岡、遠藤、そして雑貨屋をしていた
小松の家があったはずだった。
私の家は一番山側に近い家で、家の脇を大きな沢が流れていた、
子供の頃には、水浴びや釣りや沢がに取り等に夢中に成っていた。
家族は木こりをしていた時に、
倒れた木の下敷きと成って足が不自由に成ってしまった祖父と、
炭焼きと木こりをしている父と母、それに私と弟と妹の六人暮らしだった。
生活は楽な暮らしではなかったが、周囲の家の全ては同じ様な
暮らし向きだった為、そう苦にはならなかった。
小学校、中学校は家から四キロほど離れた分校に通った。
冬になると一面の銀世界になり、村は閉ざされ、学校に行けない日が続く事もあった。
しかし、子供にとっては、邪魔な雪も大歓迎だった。家の中が遊び場にとって変わるし、
竹で作ったスキーで近所の子供たちと遊んでいた。
家は奥の間が二部屋、中の間が一部屋あり、居間には大きな囲炉裏があった。
カマドの有る台所と土間とは、仕切る物もなく続いていた。
風呂は五右衛門釜で土間の隅にあり使い古した板戸で仕切られていた。
勿論水道などはないから、水は沢から汲み上げてきて、陶器の瓶に溜めて使う、
毎朝両手にバケッを持って、家と沢とを五、六回往復するのは長男の私の仕事でも有り、
学校から帰ってくると風呂に水を張るのも毎日の日課だった。
夜は藁布団にくるまって寝る。祖父は奥の間に寝て、他の五人は中の間で一塊となって
寝た。夏も冬もパンツ一枚で布団に入る。その方が夏は涼しく、冬は冬で暖かいのだ。
この辺りの人たちは、皆其れを知っていて裸で寝ていたようだし、第一、
体を締め付けるものがなく、快適に眠れるのだ。
一部屋に裸同然で家族が寝ることで、性的なものには早く目覚めたようだ。
私が小学五年生のときである。夜中に小便に行きたくなりふと目を覚ますと、
まるで子犬が泣いてるような、母のかすかな声と息遣いが聞こえてきた。
その声が何を意味しているのか、ある程度の知識はあった。
小便に行きたいのを堪え、胸の高鳴る鼓動を必死で捩じ伏せようとしていた。
が、それは収まるどころか、直ぐ側にいる両親にも聞こえるのではないかと思えるほど、
ますます激しいものになった。
そして見てはいけないと思いつつも、好奇心という誘惑には勝てなかった。
そっと寝返りを打って、両親の方に目を向けた。
目と鼻の先に、布団から頭だけ出して、抱き合っている両親の姿がある。
母は父に組み敷かれて、白い喉元を反らし、ハァハァと息を乱していた。
それは形こそ違うが、野辺で交尾している犬の息遣いにも似ていた。
美しい顔に眉根を寄せて恍惚となっている母を見た時に、
初めて意識の中で性的な興奮を感じたのだった。
其れを境にして、私は両親の性交をたびたび目撃する様になった。
時には裏の物置きで抱き合っていることもあった。
その時は誰の目も気にする事が無いからか、筵(むしろ)の上で二人とも全裸になり、
蛇が絡み合うように求め合っていた。母の白い肌は薄紅色に上気して、全身は汗に濡れ、
壁の隙間から差し込んだ光が、その部分だけ真っ白にボーッと照らし、美しかった。
まるで幻の中での出来事の様に・・・二人の体は溶け合い、ゆっくりと蠢いていた。
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プロフィール
Author:アヤメ草
FC2ブログへようこそ!管理人の
アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。
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