湖底に消えた初恋の思い出。其のニ
~何もかも遠くへ~
村にダム建設の話が持ち上がったのは、私が小学六年生の時。
大人たちは、全員が反対運動を起こした。
村から出て、町で生活する事など考えられない、村で生まれ育った人達ばかりだ。
今更町に出てサラリーマンになれる訳でもなし、其れは死ねと言うに等しいものだった。
そして何より、ダムが出来れば山が死ぬし、山が育てた川も海も死ぬ。
県の方では私達の住む村は、ダム造りには絶交の地形だとして、
代替地を用意して保証金も充分に出すと、住民説得に当った。
すると、反対していた中から、一軒二軒と脱落する家が出てきて、最後には肉親の様に
親しかった村人達が、賛成派と反対派の二手に別れて、憎悪を込めた闘争となった。
当然のように、子供たちもその中に巻き込まれていく。親しかった友だちとも、
親からあの家の子は反対派だから口を利いちゃならないと、親の悪口を言い並べる。
と、自然に子供達も、互いに話しをする事も無くなっていった。
私の父はダム建設に途中から賛成派に回った。
山の暮らしは厳しく、保証金を貰って何でも有る町に行けば、
少しは楽が出来るかも知れないと思ったようだ。
一方、祖父は山に生まれたことを、足が悪くなってからも誇りにしていた。
しかし、働けなくなって父に面倒を掛けて居る事が負い目に感じているのか、
多くは語らなかった。
ただ、囲炉裏の横座に座り、火に皸(あかぎれ)た手をかざしながら
「ご先祖様の残してくれた土地を手放して・・・恥かしくないか。
オレが死んで向こうに行ったら、何と言って詫びればいいのか・・・言葉もねぇ」
と、誰に言う事も無くポツリと呟いた言葉が、今も深々と私の胸に突き刺さっている。
三年のダム闘争の後、建設が始まり私達家族は村を出る事になった。
私は中学三年生になっていた。
離村する事に直面すると言葉には出せない寂しさを、
夫々が、夫々に感じていたようだ。
父は家具を全て持ち出して空になった家の四隅に、
塩の小山を築いた後、玄関の前に名残り惜しそうに立ち尽くしていた。
その姿を祖父と母、そして私達三兄弟が、泪ぐみながら遠巻きにしていた。
「いよいよだね、田島さん。俺達もあとニ、三日もしたら、出て行くよ。
ダム問題で色々有り過ぎたが、全部の家がダム底に沈むんだ。
闘争で味わった嫌なことは忘れて、元気でやれよ」
河西や横田、遠藤の家の人達が、見送りに来て同じ様な事を言った。
その中に私は小松誠子の姿を探していた。しかし、
小松の家の人達は来てくれたもの、誠子の姿は見つからなかった。
どうして誠子は来て呉れないのだろう。
私の胸はとてっもなく痛み、昨夜、彼女のオマンコの中にあった中指と薬指を、
左手で思いきり握りしめていた。
私達は人々に見送られて、バスに乗りこんんだ。そのバスで二時間程揺られ、
町まで行く。其処には新しい家と生活が待って居る筈だった。
そして、新学期から、町での高校生活が始まる。
バスは町に向かって走り始めた。
水車小屋から佐藤、横田の家を抜けて河西の家を過ぎると、
両側を林に囲まれた道に出る。町までは幾つかの村落があるだけの山道が続く。
河西の家から暫らく走ってバスが大きなカーブに差し掛かった時、
そこに誠子が立っていた。
誠子は皆と一緒に見送るのが、はずかしかったようだ。
誠子は泣きながら、バスの後を追いかけて来た
スカートの裾が舞い上がり、健康的な太腿の付け根まで見えているのも
気が付かないほど、力一杯走ってる。
私はその姿にバスの窓を開けて、腕が千切れるほど手を振った。
誠子の姿は次第に遠くなり、次のカーブで見えなく成ってしまった。
「春夫兄ちゃん、あの人、雑貨屋のお姉さんでしょ。恋人だったの?」
隣に座って居た妹の和歌子は、大人びた口調で言った。
が、私は何も答えず、誠子が見えなくなった外を見続けていた。
泪が今にも溢れ出しそうになり、声を出せば泣き声になってしまうかも知れない。
鼻の奥までがツンツンと痛んでいた。
遠足にでも行くように、一人ではしゃいでいる和歌子を除けば、
皆無口に成っていた。それぞれが心の中で、やがてダム湖の底に沈む、
残してきた村落への思いを噛みしめているのだった。
村にダム建設の話が持ち上がったのは、私が小学六年生の時。
大人たちは、全員が反対運動を起こした。
村から出て、町で生活する事など考えられない、村で生まれ育った人達ばかりだ。
今更町に出てサラリーマンになれる訳でもなし、其れは死ねと言うに等しいものだった。
そして何より、ダムが出来れば山が死ぬし、山が育てた川も海も死ぬ。
県の方では私達の住む村は、ダム造りには絶交の地形だとして、
代替地を用意して保証金も充分に出すと、住民説得に当った。
すると、反対していた中から、一軒二軒と脱落する家が出てきて、最後には肉親の様に
親しかった村人達が、賛成派と反対派の二手に別れて、憎悪を込めた闘争となった。
当然のように、子供たちもその中に巻き込まれていく。親しかった友だちとも、
親からあの家の子は反対派だから口を利いちゃならないと、親の悪口を言い並べる。
と、自然に子供達も、互いに話しをする事も無くなっていった。
私の父はダム建設に途中から賛成派に回った。
山の暮らしは厳しく、保証金を貰って何でも有る町に行けば、
少しは楽が出来るかも知れないと思ったようだ。
一方、祖父は山に生まれたことを、足が悪くなってからも誇りにしていた。
しかし、働けなくなって父に面倒を掛けて居る事が負い目に感じているのか、
多くは語らなかった。
ただ、囲炉裏の横座に座り、火に皸(あかぎれ)た手をかざしながら
「ご先祖様の残してくれた土地を手放して・・・恥かしくないか。
オレが死んで向こうに行ったら、何と言って詫びればいいのか・・・言葉もねぇ」
と、誰に言う事も無くポツリと呟いた言葉が、今も深々と私の胸に突き刺さっている。
三年のダム闘争の後、建設が始まり私達家族は村を出る事になった。
私は中学三年生になっていた。
離村する事に直面すると言葉には出せない寂しさを、
夫々が、夫々に感じていたようだ。
父は家具を全て持ち出して空になった家の四隅に、
塩の小山を築いた後、玄関の前に名残り惜しそうに立ち尽くしていた。
その姿を祖父と母、そして私達三兄弟が、泪ぐみながら遠巻きにしていた。
「いよいよだね、田島さん。俺達もあとニ、三日もしたら、出て行くよ。
ダム問題で色々有り過ぎたが、全部の家がダム底に沈むんだ。
闘争で味わった嫌なことは忘れて、元気でやれよ」
河西や横田、遠藤の家の人達が、見送りに来て同じ様な事を言った。
その中に私は小松誠子の姿を探していた。しかし、
小松の家の人達は来てくれたもの、誠子の姿は見つからなかった。
どうして誠子は来て呉れないのだろう。
私の胸はとてっもなく痛み、昨夜、彼女のオマンコの中にあった中指と薬指を、
左手で思いきり握りしめていた。
私達は人々に見送られて、バスに乗りこんんだ。そのバスで二時間程揺られ、
町まで行く。其処には新しい家と生活が待って居る筈だった。
そして、新学期から、町での高校生活が始まる。
バスは町に向かって走り始めた。
水車小屋から佐藤、横田の家を抜けて河西の家を過ぎると、
両側を林に囲まれた道に出る。町までは幾つかの村落があるだけの山道が続く。
河西の家から暫らく走ってバスが大きなカーブに差し掛かった時、
そこに誠子が立っていた。
誠子は皆と一緒に見送るのが、はずかしかったようだ。
誠子は泣きながら、バスの後を追いかけて来た
スカートの裾が舞い上がり、健康的な太腿の付け根まで見えているのも
気が付かないほど、力一杯走ってる。
私はその姿にバスの窓を開けて、腕が千切れるほど手を振った。
誠子の姿は次第に遠くなり、次のカーブで見えなく成ってしまった。
「春夫兄ちゃん、あの人、雑貨屋のお姉さんでしょ。恋人だったの?」
隣に座って居た妹の和歌子は、大人びた口調で言った。
が、私は何も答えず、誠子が見えなくなった外を見続けていた。
泪が今にも溢れ出しそうになり、声を出せば泣き声になってしまうかも知れない。
鼻の奥までがツンツンと痛んでいた。
遠足にでも行くように、一人ではしゃいでいる和歌子を除けば、
皆無口に成っていた。それぞれが心の中で、やがてダム湖の底に沈む、
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プロフィール
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。
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