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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

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儚く消えた年上の女。其の一

◇エレベーターガール
儚く1-1
昭和三十七年(1962年)六月中旬の午後五時過ぎ、
私は地下鉄銀座駅の狭い階段を昇り、鳩居堂前の銀座通りに出た。

銀座のデパートや商店が定休日になる月曜日。表通りは閑散としていて、
歩く人の姿も何時もより少なかった。
通りを往来する都電の車輪の音も妙にのんびりと響き、蒸し暑い地下鉄から
出た身には、普段と違う静かな街の空気は爽やかに感じる。

私は脱いでいた夏ジャケットに腕を通し、六丁目方向に歩き出した。

空は明るく晴れていた。だが、私が歩く側の歩道や都電通りは、
西日を背にした建物の影がほの暗く覆っていて、立ち並ぶ柳並木の緑も黒っぽい。
逆に通りの反対側、松坂屋デパートの上部は残照を浴びて、
休店しているのに目立って明るい。

小松ストアの手前で右に曲がり、不二家洋菓子店の前を通って、
私はニブロック裏の、みゆき通りに向かう。

銀座の裏通りは月曜日でも賑わっている。勤め人相手の飲食店が多いからだ。
特に、みゆき通りの三平食堂のガラス張りの一階二階は、
早くも宵の雰囲気が漂う日陰の中に煌々と明るく、
庶民的なガラスの二枚扉を出入りする男女の姿も多かった。

その手前にあるトリス・バーの看板にも照明が入っていたが、
柳原史子と待ち合わせた時間は六時半。幾らなんでも早すぎた。
初デートなのに、事前に酔ってしまっては洒落にも成らない。
西日に向かって少し進み、私は小さな喫茶店に入った。

念願叶って、史子との初デート。私の懐には、給料の前借分を足して、
九枚の千円札が入っていた。軍資金としては充分だし、彼女のために、
それを全部使い果たしても悔いは無い。気分も高揚する。

その彼女、柳原史子は私より七歳上の二十九歳で、未だ独身だった。

 
儚く1-2
当時は、働く女性は結婚までの腰掛就職と言われて、女性二十五歳の
定年制度を採用する企業も多かったくらいだから、結構なオールドミスだったが、
私は年齢の事など全く無視して、彼女に恋をしていた。

私が彼女と出会ったのは、三ヶ月ほど前の春先だった。
西銀座の一角に、多業種の企業が雑居するビルがあった。
面積は無いが八階建て。その三階の一室に、そのむ年の三月、
私が勤める銀座二丁目の婦人洋品店の取引先、
横浜の輸入服の卸商社が東京営業所を開設した。

その商社の開所祝いに、社長や店長に伴われて、中堅店員だった私も出掛けた。

その頃の大手の会社や雑居ビルのエレベーターは自動式ではなく、
各ビルが絇を競うように、制服姿の美人エレベータ・ガールが居たのだが、
そのエレベーター嬢の笑顔を見たとたん、誇張ではなく、私は息が止まった。

一目惚れ、と言うのだろう。三階に着くまでの短い時間、私の胸は高鳴り続け、
紅潮を隠すために顔を伏せ続けていた。

眼の覚めるような美人ではない。だが、その笑顔の優しさ、美しさ。
エレベータ・ガールをビルの飾り花とすれば、
胸の名札が“柳原史子”と言うその女性は、豪華絢爛なバラではなく、
上品な大輪の白菊ように深く心に染みる、清楚に熟した花だった。

その容貌。やや頬が角ばっているが、鼻筋が整った色白の顔、
微笑むと、笑い皺が生まれる切れ長の眼。最近の女優で言えば、
その肉付き体型も含めて、映画「蒲田行進曲」の松坂慶子に良く似ている。

その映画で観た時、私はアッと思った。ラブシーンで見えた裸身。
その乳房や尻の形まで、本当に似ていた。
もちろん、その頃は松坂慶子はデビューしていない。
しかし、そんなタイプの女性に、私が憧れていたのは確かだ。
姉がいなかったせいだろう。
儚く1-3
史子の優しい眼差しに出会って、一瞬にして恋に陥った私は、
夜の七時に閉店した後、毎晩のように西銀座まで歩き、
そのビルの暗く閉じたガラス扉の前で、万が一にも彼女が出てこないか、
と待ち侘びる、忠実な犬のような男になってしまった。

こんな恋心が湧いたのは初めてだった。

その恋を実らせるチャンスが五月に生まれた。
場所が近くなったことも幸いして、春物と夏物の入れ替えもあり、
その商社との取り引きが結構頻繁になったのである。

若い私は率先して、品物や伝票を歩きで運ぶ役を買って出た。
もちろん、目的はエレベーター・ガールの史子に会うことだったが、
毎回彼女に会える訳ではない。
どこのビルでも複数で勤務するエレベーター・ガールは、時間交替制なのだ。
いつ行っても、必ず会えるとは限らなかった。

それでも、この六月までに会えた回数で、以心伝心とでも言うのか、
私は彼女と親しくなれて、顔を赤くしながらも冗談口が交わせるようになった。
それで年齢と、独身であることを知りえたのである。

そして、先週の金曜日だった。
商社に仕入れ伝票を届けた帰り、乗ったエレベーターには、思いがけず、
勤務交替した史子が乗っていた。その箱の中には、
彼女と私の二人だけ。チャンスだった。

私は彼女を、「今日の帰りに、銀座の[お多幸]で、おでんを食べませんか?」
と恐る恐る誘ってみた。
おでん、と口から出たのは、何も気を衒おう、と考えた訳ではない。
店の老先輩が、夏こそ熱いものを食うべきだ、それが江戸っ子の粋なんだ、
と喋っていた事が、咄嗟に出てしまったのだ。

彼女は噴き出した。
「この暑いのに、おでん?面白い人ね・・・」
そう笑う表情が、本気で面白がっていた。
「そうね、でも今日は駄目だわ」と笑顔で首を捻り、
休み明け月曜日の帰りなら、とOKしてくれたのだ。

その日、六時十五分。喫茶店を出た私の心は、その時と同じように、
文字通り雲を踏む、ふわふわとした気分になっていた。
  1. 銀座の恋の物語
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プロフィール

アヤメ草

Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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