花の銀座で芽生えた恋。其のニ
◇年上の女性
私は映画スターの石原裕次郎が軽く足をひきずる、いわゆる裕次郎歩きを
真似をして歩き、みゆき通り入り口角にあるゴルフ用具専門店に入った。
その頃の私は、背がひょろ高く、だから脚も長くみえるから、
そんな歩き方も結構サマになっていたようである。
その頃は映画の絶頂期で、休日や通勤に裕次郎を真似たラフな服装を
好んで身につけていた私は、給料のすべてを使える四男坊のせいもあって、
意外なほど酒場や食堂の女性達にモテていたのだ。
いつ訪れても閑な店であった。
客が無人の店内には、顔見知りになった女店員の西田典子が一人いた。
「いらっしゃい」と笑顔を向けて、ガラスケースの上に灰皿を滑らせる。
「それ、新しいたばこでしょ?アメリカの煙草みたいで、格好良いんじゃない」
店内の床は銀座でも珍しい、分厚い緑のカーペット敷きだった。
私は短くなったハイライトを灰皿に揉み消して、
「ここは涼しいから、いいね・・・」と、これも珍しい店内奥の冷房機を指さした。
銀座の商店でも、扇風機がのさばっていた時代である。
冷房の効いた店は数少なかった。
「今日はなあに、パターの練習したいの?それとも何か買ってくれるのかなあ?」
典子が明るい笑顔を傾ける。私はその仕草と笑顔に惚れていた。
まだゴルフはこの店が常に閑なように、一部の上流階級の遊びで、
一般的には普及していない。しかし私は、高給取りの古顔先輩に強引に誘われて、
この春から数寄屋橋の角にあるビルの狭い屋上練習場で、彼の手ほどきを受けていた。
私は映画スターの石原裕次郎が軽く足をひきずる、いわゆる裕次郎歩きを
真似をして歩き、みゆき通り入り口角にあるゴルフ用具専門店に入った。
その頃の私は、背がひょろ高く、だから脚も長くみえるから、
そんな歩き方も結構サマになっていたようである。
その頃は映画の絶頂期で、休日や通勤に裕次郎を真似たラフな服装を
好んで身につけていた私は、給料のすべてを使える四男坊のせいもあって、
意外なほど酒場や食堂の女性達にモテていたのだ。
いつ訪れても閑な店であった。
客が無人の店内には、顔見知りになった女店員の西田典子が一人いた。
「いらっしゃい」と笑顔を向けて、ガラスケースの上に灰皿を滑らせる。
「それ、新しいたばこでしょ?アメリカの煙草みたいで、格好良いんじゃない」
店内の床は銀座でも珍しい、分厚い緑のカーペット敷きだった。
私は短くなったハイライトを灰皿に揉み消して、
「ここは涼しいから、いいね・・・」と、これも珍しい店内奥の冷房機を指さした。
銀座の商店でも、扇風機がのさばっていた時代である。
冷房の効いた店は数少なかった。
「今日はなあに、パターの練習したいの?それとも何か買ってくれるのかなあ?」
典子が明るい笑顔を傾ける。私はその仕草と笑顔に惚れていた。
まだゴルフはこの店が常に閑なように、一部の上流階級の遊びで、
一般的には普及していない。しかし私は、高給取りの古顔先輩に強引に誘われて、
この春から数寄屋橋の角にあるビルの狭い屋上練習場で、彼の手ほどきを受けていた。
ゴルフが野球より面白いとは思えなかったが、
典子と出会え、そこそこに親しく成れた事は嬉しかった。
ちなみに、私の月給は一万円足らずだったが、
高卒初任給の平均が八千円に満たない当時では、恵まれている方だった。
何しろラーメンが三十五円、カレーライスやコーヒーが五十円の時代なのである。
しかし、ゴルフ用具は高価だった。
綿ソックスですら、女性のストッキング並に二百円以上していたのだ。
「月給出たから、手袋を買いたいけど、今日は店長いないの?」
私は店内奥を背伸びして眺めた。
「上の社長室で何か相談中・・・」
典子は何が可笑しいのか、くすくす笑いながら、
ガラスケースの中から幾つかの手袋を選んで取り出した。
「何を笑っているの?」
「だって、私に見合いしなさいって・・・」私は少しドキッとした。
それでは何の為に無理して手袋を買いに来たのか、判らなくなる。
でも必死に内心の動揺を隠して、私も笑顔を向けた。
「へえ、いい話じゃない、少しもおかしくないじゃないか・・・」
「おかしいわよ、毎日のように顔を合わせている用具メーカーの人だし、
八つも年上で、三十五歳・・・」と言いかけて、
ふざけた調子で典子が口を押さえた。
「あら嫌だ、わたしの年がバレちゃったじゃない!」
ちっとも嫌がってなかった。明るく、快活に笑う笑顔が、私には眩しかった。
「バレてもいいじゃない。俺より姉さんだってわかっていたし・・・」
私は手袋の一つを取り上げた。八百円。痛い出費だ。
「うん、練習中は黒が無難ね」典子は渡した千円札を手にレジを打ち、
「秋山さんには内緒よ。うんとおまけしてあげるわね」
私の店の先輩の名を言い、赤い紅が艶やかな唇から白く健康的な歯を覗かせて、
典子が手渡してくれた釣り銭はかなり多かった。
「ありがとう・・・」私は礼を言い、
「ねえ、今度いつかお茶でも、いや、これだけおまけしてくれたからお茶じゃ悪いね、
いつか映画でも観に行かない?」
胸をドキドキさせながら、思い切って典子を誘ってみた。
映画館の入場料は邦画なら二百円、洋画は二十円高い。
「映画?」典子が可愛く首をひねった。
「太陽がいっぱい、ならみたいなあ・・・」
私の胸は飛び出しそうになった。
「あっ、それ俺も観たいと思ってたんだ、行こう、行こう!」
アラン・ドロン主演。十一日に封切られたばかりのフランス映画である。
「ようし・・・」
典子が背後を一度振り返り、戻した笑顔と身をガラスケースの上に乗り出して、
小声で囁いた。
「じゃあ、今度の定休日に連れてってもらおうかな?」
私が勤める店もこの店も、定休日は同じ月曜日、四日後だった。
私は宙を舞う足で店に駆け戻った。本当は昼飯休憩で店を出たのである。
このみゆき通りにある三平食堂で、ランチを食べる積りだったのに・・・。
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Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。
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