渡世で出会った女三人。其の五
◇テキヤの三道楽◇
次の年の高市でサクラさんとは会えなかった。
サクラさんの姿は、一家から消えてしまっていた。消えた理由はわからなかった。
サクラさんの事を口にしてはいけない様な雰囲気が有った。
二日間の高市が終わった。夜の宴には老親分本人が姿を見せた。
「アンタがタカイチさんか・・・」
末席にいたオレに、親分から声をかけられたとき、オレには総てがわかった。
「いい若い衆だ。しっかり修業しなよ」
老親分は、その年が越せずに鬼籍の人となった。
サクラさんの姿は、親分の葬儀の席にもなかった。
オレの事が原因だったのかと思うと、いまだにサクラさんに済まない様な気がしている。
その後、サクラさんの消息は、ようとしてわからない。
九州の高市で見たという噂を一度聞いた事もあるが・・・。
タカモク一家とは縁戚に当たるアオイ一家にSさんがいた。
オレより十幾つ年上でとても実直な人だった。
ハッタリで生きているような、この世界には不向きな人だった。
しかし若い者の面倒見は良く、この世界に入ったばかりで、
まだ西も東もわからない、オレに色々教えてくれた人だった。
Sさんの奥さんは春さん(仮名)といって、対照的に豪気なアネゴ肌の人だった。
「女房とオレは生まれ違ったんだ」
と、Sさんが言ってたけれど、まさにそんな感じだった。
ビタに乗るとき(旅に出るとき)バシタ(妻)を連れて行く人と、
バシタを家に置いて、自分だけが行く人がいるが、S夫婦はいつも一緒だった。
オレは一度もカミさんをバイに同伴した事がない。
宮司の娘は気位が高いのか、地べたに座っての商いがどうしてもイヤだと言うのだ。
春さんは、頼りにならないSさんを当てにしないで、自分で商いをした。
オレたちの商売は、いろんな事が出来なければ一人前とは言えない。
アレがイヤ、コレが出来ないでは飯が喰えない。
奇妙なものでその年々によって売れ筋が違うのだ。
春さんはハッタリ・バイが得意だった。つまり嚇し売りある。
商品を並べても黙ってたんじゃ売れない商品を売るのだから、高等なテクニックがいる。
タンカ、口上でもって、買う気のない客をその気にさせるのだ。
本物を売るのがマグネタ売り、粗悪品を売るのがガセネタ売り、偽物を売るのがヤセリ。
例えばキンシャ・チリメンのような高級呉服類を、いかにも本物のように見せかけて
売るのだが、実はジャガイモ・ネタといって、澱粉加工して、それらしく見せているだけで、
一度雨に降られて、表の澱粉が溶けてしまうと、忽ちヨレヨレになってしまう代物なのだ。
春さんが得意だったのがモンタン屋。呉服のタタキ売りである。
まるっきりの偽物ではないのだが、傷があって市場に出せない代物を、
巧みに傷を隠して売る。
あるいはタグリといって、寸法をごまかして売る。客の前で計ったときは三丈あったのが、
家に帰って計り直してみるとニ丈しかなかったというやつだ。
春さんは特に美人ではないが、少女剣劇に居た事があるぐらいで、
立ち姿、身のこなしが、ぞくっとするほど色気があった。
時折着物の裾から、チラッと白い内股を見せたりするものだから、
春さんの前には、いつも人だかりが絶えなかった。
そんな客の中に、きまってSさんがいた。Sさんの役割はサクラなのである。
例えばまともな呉服店で売っている、まともな風呂敷などを、
まともな値段の半値ぐらいで売る。そんな時「買った」といって、
素早く手を上げるのがSさんの役割なのだ。
「お客さん、本当に目が高いよ。かあちゃん泣いて喜ぶよ。
ねえ、とうちゃんって、今夜あたり甘い声を出して、ちぇっ、ヤケルねえ」
という春さんの口上につられて、客の間からバタバタと手が上がるが、こちらはガセネタ。
Sさんの「買った」という掛け声と、春さんの「売った」という掛け声との
タイミングが難しいのだが、さすがに夫婦だけあってピッタリ息が合っていた。
雨が三日も四日も降り続いて、ドヤに閉じ込められたままの事があった。
こんなときは、待ってましたとばかりに、朝からブショウ(博打)が始まる。
だいたいテキヤになるのはキス(酒)、ナオ(女)、ブショウが、
飯より好きというヤツがほとんどなのだ。
Sさんは、他の事はともかく、ブショウには目がなかった。
春さんのことはほったらかしで朝から晩までブショウ三昧だ。
次の年の高市でサクラさんとは会えなかった。
サクラさんの姿は、一家から消えてしまっていた。消えた理由はわからなかった。
サクラさんの事を口にしてはいけない様な雰囲気が有った。
二日間の高市が終わった。夜の宴には老親分本人が姿を見せた。
「アンタがタカイチさんか・・・」
末席にいたオレに、親分から声をかけられたとき、オレには総てがわかった。
「いい若い衆だ。しっかり修業しなよ」
老親分は、その年が越せずに鬼籍の人となった。
サクラさんの姿は、親分の葬儀の席にもなかった。
オレの事が原因だったのかと思うと、いまだにサクラさんに済まない様な気がしている。
その後、サクラさんの消息は、ようとしてわからない。
九州の高市で見たという噂を一度聞いた事もあるが・・・。
タカモク一家とは縁戚に当たるアオイ一家にSさんがいた。
オレより十幾つ年上でとても実直な人だった。
ハッタリで生きているような、この世界には不向きな人だった。
しかし若い者の面倒見は良く、この世界に入ったばかりで、
まだ西も東もわからない、オレに色々教えてくれた人だった。
Sさんの奥さんは春さん(仮名)といって、対照的に豪気なアネゴ肌の人だった。
「女房とオレは生まれ違ったんだ」
と、Sさんが言ってたけれど、まさにそんな感じだった。
ビタに乗るとき(旅に出るとき)バシタ(妻)を連れて行く人と、
バシタを家に置いて、自分だけが行く人がいるが、S夫婦はいつも一緒だった。
オレは一度もカミさんをバイに同伴した事がない。
宮司の娘は気位が高いのか、地べたに座っての商いがどうしてもイヤだと言うのだ。
春さんは、頼りにならないSさんを当てにしないで、自分で商いをした。
オレたちの商売は、いろんな事が出来なければ一人前とは言えない。
アレがイヤ、コレが出来ないでは飯が喰えない。
奇妙なものでその年々によって売れ筋が違うのだ。
春さんはハッタリ・バイが得意だった。つまり嚇し売りある。
商品を並べても黙ってたんじゃ売れない商品を売るのだから、高等なテクニックがいる。
タンカ、口上でもって、買う気のない客をその気にさせるのだ。
本物を売るのがマグネタ売り、粗悪品を売るのがガセネタ売り、偽物を売るのがヤセリ。
例えばキンシャ・チリメンのような高級呉服類を、いかにも本物のように見せかけて
売るのだが、実はジャガイモ・ネタといって、澱粉加工して、それらしく見せているだけで、
一度雨に降られて、表の澱粉が溶けてしまうと、忽ちヨレヨレになってしまう代物なのだ。
春さんが得意だったのがモンタン屋。呉服のタタキ売りである。
まるっきりの偽物ではないのだが、傷があって市場に出せない代物を、
巧みに傷を隠して売る。
あるいはタグリといって、寸法をごまかして売る。客の前で計ったときは三丈あったのが、
家に帰って計り直してみるとニ丈しかなかったというやつだ。
春さんは特に美人ではないが、少女剣劇に居た事があるぐらいで、
立ち姿、身のこなしが、ぞくっとするほど色気があった。
時折着物の裾から、チラッと白い内股を見せたりするものだから、
春さんの前には、いつも人だかりが絶えなかった。
そんな客の中に、きまってSさんがいた。Sさんの役割はサクラなのである。
例えばまともな呉服店で売っている、まともな風呂敷などを、
まともな値段の半値ぐらいで売る。そんな時「買った」といって、
素早く手を上げるのがSさんの役割なのだ。
「お客さん、本当に目が高いよ。かあちゃん泣いて喜ぶよ。
ねえ、とうちゃんって、今夜あたり甘い声を出して、ちぇっ、ヤケルねえ」
という春さんの口上につられて、客の間からバタバタと手が上がるが、こちらはガセネタ。
Sさんの「買った」という掛け声と、春さんの「売った」という掛け声との
タイミングが難しいのだが、さすがに夫婦だけあってピッタリ息が合っていた。
雨が三日も四日も降り続いて、ドヤに閉じ込められたままの事があった。
こんなときは、待ってましたとばかりに、朝からブショウ(博打)が始まる。
だいたいテキヤになるのはキス(酒)、ナオ(女)、ブショウが、
飯より好きというヤツがほとんどなのだ。
Sさんは、他の事はともかく、ブショウには目がなかった。
春さんのことはほったらかしで朝から晩までブショウ三昧だ。
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プロフィール
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。
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