波乱の夫婦生活。其の二
◇祝福された結婚◇
当時、私の父は造船会社の営業部長をしていました。藤村は、父の部下でした。
「藤村は、なかなか見所のあるヤツだ。
どんな状況でも、雑草のように逞しく生き抜いていくだろう。
あんなに、頼もしいヤッはそうそういるもんじゃない」
父は、家庭でも事有る事に能力と行動力に富んだ若い部下の噂をしていました。
気難し屋の父が、人を褒めちぎるのはたいそう珍しいことでした。
ですから、私も一度も会った事が無いと言うのに、
自ずと藤村に好感を待つようになりました。やがて、
「世津子、こんどの日曜、藤村と見合いをしなさい。いいね?」
父がそう言い出しました。父の唐突な命令は、しかし私にとっては青天の霹靂でも
何でもありませんでした。父が、藤村のことのほか気に入っていたことは知っていましたし、
「大事な一人娘を託すには、ああいう男が打ってつけだな」
などと言って父が私と藤村を結婚させたがっているのは、うすうす勘づいていたからです。
私の意志など関係なく、
この縁談がとんとん拍子に進められる事は疑いようもありませんでした。
私の娘時代は、おおむね父親の意見は絶対でした。父がこの見合い話を
持って来た時から、私と藤村が結婚する事は決まったも同然だったのです。
「初めまして、藤村忠志と申します。部長に、こんなお美しいお嬢様がいらっしゃるとは、
最近まで知りませんでした。よろしくお願いいたします」
どのみち断ることの出来ない縁談と知りながら、臨んだお見合いでした。
けれども実際に会って見ると、藤村は思いもかけない好印象を私に与えて呉れたのです。
父親から吹き込まれていた前宣伝の効果もあったのでしょうが、
確かに藤村は精力的な感じのする男性でした。父親が褒めていただけの事はありました。
年齢は私より数歳上なだけでしたが、家で花嫁修業をしている私よりずっと
大人な感じでした。それに何と言うのでしょう。
藤村には女心をくすぐる抗いがたい魅力がありました。
こういうのを、一目惚れというのでしょうか。私は、ボウッとなってしまいました。
「どうだ、世津子。気に入ったか?ならば、すぐに結納の用意に取り掛かるぞ」
「お、お父様ったら!何て、気のお早い・・・」
「何を悠長なことを言っとる。時は金なり、だ。
藤村君も、急いでこの話をまとめてもらいたいと、私にせっついて来た。
来春にでも、嫁に行け」
父の言葉に頬を染めながらも、私も嬉しくてなりませんでした。
恥ずかしながら、私も一回会っただけの藤村にぞっこんでした。
断る理由など、何一つなかったのです。
昔の嫁入り前の娘たちは現代のお嬢さん達と違って、みなウブなものでした。
かく言う私も、藤村に出会うまで恋愛経験はありませんでした。
初恋の相手が一生の伴侶ということなど、当時では決して珍しいことではありませんでした。
他に男性を知らずに結婚することに、何の抵抗も無かったのです。
翌年の春、私は周囲の祝福を一身に受けて、藤村と華燭の典を挙げたのです。
身内だけで婚礼の儀式を済ませ、その時代としては稀だった新婚旅行に旅立ちました。
行き先は熱海でした。海外へ行くことが当たり前になった今では信じられない事でしょうが、
其の頃は新婚旅行自体が贅沢だったのです。
熱海への新婚旅行は、花嫁たちの憧れでした。
しかし、藤村にとっては熱海に行くこと位当然と思っていたようです。
「世津子さんみたいなステキな人をお嫁さんに出来たんだ。
熱海に行く程度のこと、どうって事ないですよ。二人で、思い出をたくさん作りましょうね」
そう言い切った藤村の頼もしいことと言ったらありませんでした。
初々しい新妻私は、新郎の愛情と男気にそれはウットリさせられてしまいました。
それにつけても、私の心配は初夜でした。言うまでもなく私は男性経験ゼロの、
折り紙つきの処女だったのです。藤村の事は大好きでしたが、
初夜に対する不安にはいかんともしがたいものがありました。
しかし不安な一方で、期待感があったこともまた事実でした。
古い言い方になりますが、好きな人にカラダを捧げる事に期待も有りました。
いかに古風な昔気質な女であったにせよ、性的な欲望は時代を問わずも
変わることはありません。期待と不安に、新妻の心と肉体は千々に乱れていました。
昼間は観光にいそしみましたが夜、夕食を済ませ温泉に浸かって、
隅々までカラダを洗っているうち、
(いよいよ、そのときが来るんだわ。もうすぐ、身も心も忠志さんのものになるんだ・・・)
いやが上にも、汚れなき肉体が火照ってきたのです。生まれつき透き通るように
色白な肌がみるみるバラ色に染まっていくのが、洗い場の鏡に映っていました。
部屋に戻ると、すでに明かりは消えていました。ふた組並べて敷かれた朱色の
布団の枕元で、昔の行燈風のスタンドが淫靡な淡い光りを放っていました。
「さあ、おいで。僕の花嫁さん。あんまり長いから、湯当たりしてるのかと思ってた」
「ご、ごめんなさい。余りいいお湯なものだから、つい・・・」
隅から隅までカラダをピカピカに磨き上げていた、とはとても言えませんでした。
暖かそうな橙色の光に包まれた布団の中へ、私は恐る恐る入ってゆきました。
当時、私の父は造船会社の営業部長をしていました。藤村は、父の部下でした。
「藤村は、なかなか見所のあるヤツだ。
どんな状況でも、雑草のように逞しく生き抜いていくだろう。
あんなに、頼もしいヤッはそうそういるもんじゃない」
父は、家庭でも事有る事に能力と行動力に富んだ若い部下の噂をしていました。
気難し屋の父が、人を褒めちぎるのはたいそう珍しいことでした。
ですから、私も一度も会った事が無いと言うのに、
自ずと藤村に好感を待つようになりました。やがて、
「世津子、こんどの日曜、藤村と見合いをしなさい。いいね?」
父がそう言い出しました。父の唐突な命令は、しかし私にとっては青天の霹靂でも
何でもありませんでした。父が、藤村のことのほか気に入っていたことは知っていましたし、
「大事な一人娘を託すには、ああいう男が打ってつけだな」
などと言って父が私と藤村を結婚させたがっているのは、うすうす勘づいていたからです。
私の意志など関係なく、
この縁談がとんとん拍子に進められる事は疑いようもありませんでした。
私の娘時代は、おおむね父親の意見は絶対でした。父がこの見合い話を
持って来た時から、私と藤村が結婚する事は決まったも同然だったのです。
「初めまして、藤村忠志と申します。部長に、こんなお美しいお嬢様がいらっしゃるとは、
最近まで知りませんでした。よろしくお願いいたします」
どのみち断ることの出来ない縁談と知りながら、臨んだお見合いでした。
けれども実際に会って見ると、藤村は思いもかけない好印象を私に与えて呉れたのです。
父親から吹き込まれていた前宣伝の効果もあったのでしょうが、
確かに藤村は精力的な感じのする男性でした。父親が褒めていただけの事はありました。
年齢は私より数歳上なだけでしたが、家で花嫁修業をしている私よりずっと
大人な感じでした。それに何と言うのでしょう。
藤村には女心をくすぐる抗いがたい魅力がありました。
こういうのを、一目惚れというのでしょうか。私は、ボウッとなってしまいました。
「どうだ、世津子。気に入ったか?ならば、すぐに結納の用意に取り掛かるぞ」
「お、お父様ったら!何て、気のお早い・・・」
「何を悠長なことを言っとる。時は金なり、だ。
藤村君も、急いでこの話をまとめてもらいたいと、私にせっついて来た。
来春にでも、嫁に行け」
父の言葉に頬を染めながらも、私も嬉しくてなりませんでした。
恥ずかしながら、私も一回会っただけの藤村にぞっこんでした。
断る理由など、何一つなかったのです。
昔の嫁入り前の娘たちは現代のお嬢さん達と違って、みなウブなものでした。
かく言う私も、藤村に出会うまで恋愛経験はありませんでした。
初恋の相手が一生の伴侶ということなど、当時では決して珍しいことではありませんでした。
他に男性を知らずに結婚することに、何の抵抗も無かったのです。
翌年の春、私は周囲の祝福を一身に受けて、藤村と華燭の典を挙げたのです。
身内だけで婚礼の儀式を済ませ、その時代としては稀だった新婚旅行に旅立ちました。
行き先は熱海でした。海外へ行くことが当たり前になった今では信じられない事でしょうが、
其の頃は新婚旅行自体が贅沢だったのです。
熱海への新婚旅行は、花嫁たちの憧れでした。
しかし、藤村にとっては熱海に行くこと位当然と思っていたようです。
「世津子さんみたいなステキな人をお嫁さんに出来たんだ。
熱海に行く程度のこと、どうって事ないですよ。二人で、思い出をたくさん作りましょうね」
そう言い切った藤村の頼もしいことと言ったらありませんでした。
初々しい新妻私は、新郎の愛情と男気にそれはウットリさせられてしまいました。
それにつけても、私の心配は初夜でした。言うまでもなく私は男性経験ゼロの、
折り紙つきの処女だったのです。藤村の事は大好きでしたが、
初夜に対する不安にはいかんともしがたいものがありました。
しかし不安な一方で、期待感があったこともまた事実でした。
古い言い方になりますが、好きな人にカラダを捧げる事に期待も有りました。
いかに古風な昔気質な女であったにせよ、性的な欲望は時代を問わずも
変わることはありません。期待と不安に、新妻の心と肉体は千々に乱れていました。
昼間は観光にいそしみましたが夜、夕食を済ませ温泉に浸かって、
隅々までカラダを洗っているうち、
(いよいよ、そのときが来るんだわ。もうすぐ、身も心も忠志さんのものになるんだ・・・)
いやが上にも、汚れなき肉体が火照ってきたのです。生まれつき透き通るように
色白な肌がみるみるバラ色に染まっていくのが、洗い場の鏡に映っていました。
部屋に戻ると、すでに明かりは消えていました。ふた組並べて敷かれた朱色の
布団の枕元で、昔の行燈風のスタンドが淫靡な淡い光りを放っていました。
「さあ、おいで。僕の花嫁さん。あんまり長いから、湯当たりしてるのかと思ってた」
「ご、ごめんなさい。余りいいお湯なものだから、つい・・・」
隅から隅までカラダをピカピカに磨き上げていた、とはとても言えませんでした。
暖かそうな橙色の光に包まれた布団の中へ、私は恐る恐る入ってゆきました。
- 夫婦愛
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プロフィール
Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。
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