消えた夫と支えてくれた男。其の三
◇夫の蒸発◇
最初の悪い予感が、的中してしまいました。
夫を信じたい、信じようと言う私の気持ちは見事に裏切られてしまったのです。
東京の建設現場で働いている筈の夫から、きちんと仕送りや便りがあったのは、
初めの二ヶ月だけでした。
「孝文は、いったいどうしまっただべえか、美代子・・・」
「いろいろ連絡を取って貰ってはいるんだけど、判らねえだよ、義母ちゃん」
私も姑もやせ細るほど、行方知れずに成ってしまった夫を心配しましたが、
一向に埒は明きませんでした。私たちは、働き手を失って途方にくれるばかりでした。
「義母ちゃん、私、東京に行って、うちの人を探してくる」
ついに私は単身、東京へ乗り込みましたが、それも徒労に終わっただけでした。
広い広い東京で、夫を探すなどははなから無謀な事だったのです。
飯場の人の言う事には、夫は暫く真面目に働いていたものの、
三ヶ月目にふいっと現場から消えてしまったのだそうです。
同僚の誰も、夫の行き先を知る人はいませんでした。
「まったく、孝文はどこサ行っちまったのか。無事でいるだか。
まったく、あの風来坊の役立たず、可愛い嫁っこと年寄りを置き去りにして!」
「仕方ねえよ、義母ちゃん。私たちだけで、何とかやるしかないよ」
「ンなこと言ったって、美代子、女二人で農園を切り盛り出来るほど甘かねえよ」
「でも、なんもしないで手を拱いていても、おまんまが食えねえよ」
私たちには、選択の余地がありませんでした。他に収入を得る手立てが有る訳でもなく、
私と姑は女の細腕四本でリンゴ園をやっていくしかなかったのです。
無理は、承知の上でした。若い私が、主に農作業をいそしむ事となりました。
しかし、予想以上に農作業はきついものでした。私は一ヶ月もしないうちに、
音を上げてしまいました。けれども、捨てる神あれば拾う神あり、だったのです。
**
「オラでよかったら、手伝ってやるだよ。家には人手が足りとるでな」
私と姑の苦労を見かねて、同じ村に住むニンニク農家の大田恭司(仮名)が
こう申し出てくれたのです。大田は、私より二十歳以上年上のバツ一男でした。
自分の所の家業は長男と次男が取り仕切っていたせいで、時間に余裕があったようでした。
「ありがとうよ、女二人で二進も三進も立ちいかねがったんだァ」
大田は亡くなった舅とも親交が深かったようで、姑は一も二もなく彼の言葉に飛付きました。
私としても、願ったり叶ったりでした。
それからと言うもの、私と大田は一日中一緒に農作業に励むようになりました。
相変わらず生きているのか死んでいるのか、夫からはなしのつぶてでした。
「恭さんのおかげで、どうにかおまんま喰ってけそうだなァ、美代子」
「本当に。やはり、男手があるとちがう。恭さんには、足を向けて眠れないな」
大田には、どんなに感謝しても足りませんでした。
農作業の上で、大田は本当に頼りになる存在でした。
初めのうちは、私の大田に対する気持ちはそれだけだったのです。
私と大田が男と女の関係になるには、さほど時間はかかりませんでした。
もとより大田は男ヤモメ、私もとりあえずは結婚している身の上でしたが、
実情は言うまでもなく後家同然だったのですから、年齢の差など、
そんな私たちには何の障害にもなりませんでした。
初めて大田と関係を結んだ日の事を、私は今でも鮮烈に覚えています。
母屋で姑のお気に入りの歌手橋幸夫が吉永小百合とデュエットで歌っていた
『いつでも夢を』がラジオから流れていて、それが私と大田が作業していた納屋まで
響き渡っていました。
「義母ちゃんたら、最近めっきり耳が遠くなって、ラジオの音もバカにでかこと」
決して幸せとは言いがたい状況に置かれていた姑でしたが、
この歌が大好きででした。私も、この歌を聞いていると、
何やら不思議と希望が湧いてきました。
「ホントに、はるさんはめっきり年をとったもんなァ。
まったく、孝文のヤツぁ、とんでもねえ親不孝モンだ。
もう、あんなヤッぁ、死んだものと思った方がええだ!」
はる、と言うのは姑の名前です。語気も荒く、大田は干し藁を積んでいましたが、
「いいや、はるさんだけじゃねえ。美代ちゃん、おめえもあんなヤツのこたァ、もう忘れろ。
あんなてめえ勝手なヤッ、もう東京で女サこさえているにちがいねえ!」
突然、農具を放り出すと、私の肩を掴んだのです。
「オラじゃ、ダメだか?オラじゃ、孝文の代わりにはなれないだか?
年甲斐もねえだか、オラ、美代ちゃんに惚れちまったァ。
いんや、ずーっとめえから美代ちゃんのことが好きだったんだよォ」
「き、恭さん、ち、ちょっと待ってェ。困るよ、突然・・・」
私は驚きましたが、しかし大田の告白にはそれほど意外と言う訳ではありませんでした。
実を言うと、以前からうすうすと大田の気持ちを察していたのです。
(この人、私の事を好きなんじゃないかしらァ。だから、ほんの心付け程度の報酬で、
こんなに一生懸命、働いてくれるんじゃ・・・。私の自惚れかしらねェ)
うすぼんやりとそう思っていたものの、いざ実行に移されると、さすがに狼狽して了いました。
けれど、大田はそんな私の不意をつき、
「好きだァ、美代ちゃん、オラ、寝ても覚めても美代ちゃんの事しかかんがえられねえんだっ。
頼む、オラのもんになってけろ、孝文のバカタレのことなんか忘れてけろ!」
私を干し草の上に押し倒したのです。かわす暇もありませんでした。
「恭さん、ああ、いけないよ、わ、私にはいちおうあの人が・・・」
私はびっくり動転して抵抗しましたが、逞しい大田のカラダにのしかかられると、
理性とは裏腹に下腹の奥がウズウズと色めき立ってきたのです。
思えば夫が東京に出てから一年近くの月日が過ぎていました。
当然ながら、それからずっと男日照りの日々でした。
「美代ちゃんを捨てたヤツなんかに、操を立てることなんかあっか?
あいつだって、東京で適当に遊んでるだよ。美代ちゃんだって、生身のカラダ、
持て余してるんでねえか?構うことなんかあっかよ。
オラといい思いすんべよ。オラが満足させてやるだ!」
大田に熱く掻き口説かれて、私の理性も風前の灯火でした。
確かに大田の言うとおり、ここで私が大田に操を許しても、
夫に非難される筋合いではありませんでした。
最初の悪い予感が、的中してしまいました。
夫を信じたい、信じようと言う私の気持ちは見事に裏切られてしまったのです。
東京の建設現場で働いている筈の夫から、きちんと仕送りや便りがあったのは、
初めの二ヶ月だけでした。
「孝文は、いったいどうしまっただべえか、美代子・・・」
「いろいろ連絡を取って貰ってはいるんだけど、判らねえだよ、義母ちゃん」
私も姑もやせ細るほど、行方知れずに成ってしまった夫を心配しましたが、
一向に埒は明きませんでした。私たちは、働き手を失って途方にくれるばかりでした。
「義母ちゃん、私、東京に行って、うちの人を探してくる」
ついに私は単身、東京へ乗り込みましたが、それも徒労に終わっただけでした。
広い広い東京で、夫を探すなどははなから無謀な事だったのです。
飯場の人の言う事には、夫は暫く真面目に働いていたものの、
三ヶ月目にふいっと現場から消えてしまったのだそうです。
同僚の誰も、夫の行き先を知る人はいませんでした。
「まったく、孝文はどこサ行っちまったのか。無事でいるだか。
まったく、あの風来坊の役立たず、可愛い嫁っこと年寄りを置き去りにして!」
「仕方ねえよ、義母ちゃん。私たちだけで、何とかやるしかないよ」
「ンなこと言ったって、美代子、女二人で農園を切り盛り出来るほど甘かねえよ」
「でも、なんもしないで手を拱いていても、おまんまが食えねえよ」
私たちには、選択の余地がありませんでした。他に収入を得る手立てが有る訳でもなく、
私と姑は女の細腕四本でリンゴ園をやっていくしかなかったのです。
無理は、承知の上でした。若い私が、主に農作業をいそしむ事となりました。
しかし、予想以上に農作業はきついものでした。私は一ヶ月もしないうちに、
音を上げてしまいました。けれども、捨てる神あれば拾う神あり、だったのです。
**
「オラでよかったら、手伝ってやるだよ。家には人手が足りとるでな」
私と姑の苦労を見かねて、同じ村に住むニンニク農家の大田恭司(仮名)が
こう申し出てくれたのです。大田は、私より二十歳以上年上のバツ一男でした。
自分の所の家業は長男と次男が取り仕切っていたせいで、時間に余裕があったようでした。
「ありがとうよ、女二人で二進も三進も立ちいかねがったんだァ」
大田は亡くなった舅とも親交が深かったようで、姑は一も二もなく彼の言葉に飛付きました。
私としても、願ったり叶ったりでした。
それからと言うもの、私と大田は一日中一緒に農作業に励むようになりました。
相変わらず生きているのか死んでいるのか、夫からはなしのつぶてでした。
「恭さんのおかげで、どうにかおまんま喰ってけそうだなァ、美代子」
「本当に。やはり、男手があるとちがう。恭さんには、足を向けて眠れないな」
大田には、どんなに感謝しても足りませんでした。
農作業の上で、大田は本当に頼りになる存在でした。
初めのうちは、私の大田に対する気持ちはそれだけだったのです。
私と大田が男と女の関係になるには、さほど時間はかかりませんでした。
もとより大田は男ヤモメ、私もとりあえずは結婚している身の上でしたが、
実情は言うまでもなく後家同然だったのですから、年齢の差など、
そんな私たちには何の障害にもなりませんでした。
初めて大田と関係を結んだ日の事を、私は今でも鮮烈に覚えています。
母屋で姑のお気に入りの歌手橋幸夫が吉永小百合とデュエットで歌っていた
『いつでも夢を』がラジオから流れていて、それが私と大田が作業していた納屋まで
響き渡っていました。
「義母ちゃんたら、最近めっきり耳が遠くなって、ラジオの音もバカにでかこと」
決して幸せとは言いがたい状況に置かれていた姑でしたが、
この歌が大好きででした。私も、この歌を聞いていると、
何やら不思議と希望が湧いてきました。
「ホントに、はるさんはめっきり年をとったもんなァ。
まったく、孝文のヤツぁ、とんでもねえ親不孝モンだ。
もう、あんなヤッぁ、死んだものと思った方がええだ!」
はる、と言うのは姑の名前です。語気も荒く、大田は干し藁を積んでいましたが、
「いいや、はるさんだけじゃねえ。美代ちゃん、おめえもあんなヤツのこたァ、もう忘れろ。
あんなてめえ勝手なヤッ、もう東京で女サこさえているにちがいねえ!」
突然、農具を放り出すと、私の肩を掴んだのです。
「オラじゃ、ダメだか?オラじゃ、孝文の代わりにはなれないだか?
年甲斐もねえだか、オラ、美代ちゃんに惚れちまったァ。
いんや、ずーっとめえから美代ちゃんのことが好きだったんだよォ」
「き、恭さん、ち、ちょっと待ってェ。困るよ、突然・・・」
私は驚きましたが、しかし大田の告白にはそれほど意外と言う訳ではありませんでした。
実を言うと、以前からうすうすと大田の気持ちを察していたのです。
(この人、私の事を好きなんじゃないかしらァ。だから、ほんの心付け程度の報酬で、
こんなに一生懸命、働いてくれるんじゃ・・・。私の自惚れかしらねェ)
うすぼんやりとそう思っていたものの、いざ実行に移されると、さすがに狼狽して了いました。
けれど、大田はそんな私の不意をつき、
「好きだァ、美代ちゃん、オラ、寝ても覚めても美代ちゃんの事しかかんがえられねえんだっ。
頼む、オラのもんになってけろ、孝文のバカタレのことなんか忘れてけろ!」
私を干し草の上に押し倒したのです。かわす暇もありませんでした。
「恭さん、ああ、いけないよ、わ、私にはいちおうあの人が・・・」
私はびっくり動転して抵抗しましたが、逞しい大田のカラダにのしかかられると、
理性とは裏腹に下腹の奥がウズウズと色めき立ってきたのです。
思えば夫が東京に出てから一年近くの月日が過ぎていました。
当然ながら、それからずっと男日照りの日々でした。
「美代ちゃんを捨てたヤツなんかに、操を立てることなんかあっか?
あいつだって、東京で適当に遊んでるだよ。美代ちゃんだって、生身のカラダ、
持て余してるんでねえか?構うことなんかあっかよ。
オラといい思いすんべよ。オラが満足させてやるだ!」
大田に熱く掻き口説かれて、私の理性も風前の灯火でした。
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プロフィール
Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。
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