柿田川慕情 。其のニ
私、
恵美子は今でこそ北関東の地方都市でスナックの雇われママをして居りますが、
30年前までは夫と共に働き、事業の失敗で作った借財を背負いながらも、
普通の主婦として、ごく平凡な生活を送っていたのでございます。
今思えば、あの当時は金の事では大変な思いをしましたが、
三人の子供と真面目な夫に囲まれてそれなりに幸せな一時期でした。
その事を知って居るのは、いまでは私の回りには一人として居ません。
今と成っては、そんな時代も風化した過去と成りつつあります。
おそらく、別れた夫と三人の子供の中にある私の記憶も、
殆ど残っていない事でしょう。
寂しい事です。けれど、六十近くなっても水草稼業に身をやつしているのも、
夫子供と離れて暮らさなければ成らないのも、もとを正せばみんな自分の
せいなのです。
もう二十年前に成るでしょう。
夫と共に働き10年掛かってやっと借財の目途も付いた、心の緩みから、
私は悔やんでも悔やみきれない過ちを犯してしまいました。
それは、夫や子供に対するひどい裏切りでした。
己の身から出た錆で、夫や子供から一生、
恨まれても仕方がないとは重々承知しています。
その上で、還暦を目の前にして私は彼らが恋しくて成らないのです。
すべては、年のせいなのでしょう。幸せだった過去が、
懐かしくて堪らない昨今なのです。出来る事なら、あの暖かい家庭に
もう一度、戻りたい・・・
そう願う事が、どれ程虫のいいことか痛いほど判っているつもりです。
自分の手で壊しておきながら、心休まる家庭が欲しいと望むなど、
決して叶えられる事ではないでしょう。
しかし、失ってみて初めて判る家庭のありがたさなのです。
毎日毎日、酔客の相手をして自分も深酒し、身を削るようにして生きている
老いた我が身が哀れでならなくなるときがあります。そんな時、
(もし、ずっと家庭に納まっていたままでいたら・・・)
こんな苦労をしなくても済んだだろうに、夫や子供や孫に囲まれて、
それなりの暮らしが出来ていただろうに、
と詮無い事を如何しても考えてしまうのです。
(いま頃、あの人や子供達はどうしているだろうか)
別れた夫は私より六っ年上だから、もう六十半ば、長男は37歳、長女は35歳、
末の息子は31歳に成っているはず。
真面目な夫に育てられた娘と息子達ですから、私の事は恨んでいるでしょうが、
きっと父親想いのいい大人に成長しているに違いありません。
近頃腰の痛みが激しくて朝起きるのも辛い毎日です。こんな時優しい夫が
側に居てくれたら、痛む腰を優しく擦って呉れるだろうに、とつい一人涙が
零れる毎日です。そして心細くなった私は遂に104番で娘の嫁ぎ先の
電話番号を調べ電話を掛けてしまったのです。
娘の夫の名前は、娘と小学、中学と同級生で仲良かった、
家の近所でクリーニング屋をやっている娘さんから、
聞いていたのを書き留めて置いたのです。
♪流木とかもめ
作詞 万屋太郎
作曲 玉置 琴
編曲 玉置 琴
歌唱 たかば きよし
歌が聞けます。
-1-
流木の 漂う海に
はぐれかもめが 翼をたたむ
ねぐらは有るのか 家族はいるか
私は一人で さ迷うだけよ
帰りたい 帰れない
捨てた故郷 この海の先
思い出しては 眺めて居るの
-2-
流木が 夕陽に染まる
はぐれかもめが 飛び立つ後は
夕波千鳥が 淋しく泣かす
貴方の優しさ 今更気付く
帰りたい 帰れない
捨てた家族は この海の先
灯り求めて 佇む波止場
-3-
流木に 朝日が射して
はぐれかもめも つがいで止まる
今頃気付いた おろかな私
帰って来いとの 便りが届く
帰りたい 帰れない
捨てた我が子の 笑顔が浮かぶ
馬鹿な母だと 涙で詫びる
- 別れても夫婦
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
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