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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

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珠美の生涯。其の五

姉千恵子04
私は未だ嵌めた事が無かった。
佐伯先生と同じ様に素股ですれば良いと考えて、ズボンとパンツをずらし
開いた股を合わせ乗りかかると、
「違う、本当のオマンコしてよ」と言って閉じた股を再び目一杯に開いた。

むっと例の匂いがして、芳子の手は私の身体を捕まえて、
逃がすものかと言うような気迫でしがみ付いてきた。

薄く柔らかい毛が生えていて、ぱっくりと肉が大きく割れて、
こげ茶色の縁取りの中に赤い肉が見えた。
彼女が指で左右に肉壁を分けると、
中身の貝の肉の様なものが見えた。

割れ目にペニスを押し付けたが、ヌルヌルとしていて頼りなく、
どこに嵌めて良いのか判らず、泣きたい気分だった。
ウロウロしていると、芳子の指がペニスを掴んで割れ目に押し付け、
ぐいっと下から尻をせり上げると、初めての挿入は、呆気なく完了していた。

ずるずるっと肉の間に嵌り込んで、未だ毛が一つまみ位しか生えていない
ペニスの根元に芳子の柔らかい陰毛がくすぐったかった。

「あっ、嵌ったね・・・きもちいい・・・あぁぁ、健ちゃんのチンコが嵌った・・・」
ううっ、ううっと、オマンコを締め上げ、腕が私の首をきつく締め付けてきた。
私は自然に教えられるように、ベニスを前後に動かして見たが、
「気持ちいいよ、もっともっといごいて、いごいて・・強く・・・」
何事にも控えめで大人しい芳子が、強い言葉で命令するのに驚いて、
もっと強く早く抽送をして、あっと言う間に射精してしまった。

「あたいのオマンコ気持ちよかった」
芳子は何時もの様な控えめな優しい声で、私を乗せたまま聞いたが、
私は射精後の虚無感で、意地の悪い態度をとったので、
彼女は悲しそうだった。
「でも、健ちゃんはあたいと初めてオマンコしたんだな。
 ありがとうね、あたいは嬉しい」
まだ十代の芳子は私を労わり、慰めてくれるのが嬉しかった。
 
珠美の生涯14
佐伯先生の様に、させてやる、と言うような高圧的な態度ではなく、
私を本当に好きで抱き合って居るのが良く判った。

「今度は、もっと上手にするかんな」私は芳子が可哀想に成って言った。
「いいんさ、あたいだって始めてだもん。健ちゃんの事は一生忘れないかんね。
 だんだんオマンコだって上手になるさ。またすべえな」
そんな言葉の遣り取りが有り、芳子が誰よりも好きに成った。
結婚しても良いと思ったのは確かなことだった。

機屋に貰い湯に行き、家族と一緒に夕食を摂りテレビを見せてもらって居ると、
昼の遊びで疲れて居眠りをしてしまう事が有った。未だ私は子供だったのだ。
そんな時、大叔母は芳子に私の面倒を見させるので、
私は彼女の部屋に連れて行かれて、芳子と抱き合って寝た。

大叔父夫婦には孫が居なく、私の事を何時も赤ん坊扱いにしていて、
ペニスから淫水を出すほどに成長しているとは予想だにしていなかったのだろう。
年頃の芳子と同じ布団に寝かすことに、何の危惧も抱いて居なかったらしい。
味をしめた私は、狸寝入りをしては芳子の布団の中で性交をくり返した。
やがて、直ぐには射精しないようにコントロール出来るまでに成った。

当時は土日も無く機屋は操業していたが、土曜日にはテレビを皆に見せる日
と成って居たのでついでに「貰い湯」もしていたのだ。
一緒に貰い湯に行く母親が帰ろう、と言うのも聞かず、
狸寝入りを決め込んで、芳子と寝る事ばかりを考えて居た。

夏休みの頃から寒い冬を越す頃まで、週に一度は芳子との性交に勤しんでいた。
その内に芳子がコンドームを用意するように成ってからは、嵌めてオマンコを遣った。
コンドームは少年の早漏の予防にも成ってやがて、直ぐには射精もしないように成った。
芳子は長く続く抽送でイクという事を覚えた様だ。

春に成り中学に成る頃から機屋は、あの景気は何処に言ったのやら
判らない位の不況になって、大叔父の工場も縮小され、
何人も居た女工さんも、一人も居なくなった。
芳子もいつの間にか居なく成って居た。
珠美の生涯13b
世の中は一応の落ち着きを見せて、
夏の夜の夢の様な浮ついた淫らな事も姿を消して、
生真面目な世相に変わって居た様な気がする。
環境ががらりと変わって、今までの様に甘えて居られなく成った。
大人としての自覚を持たざるを得なく成って居た。

簡単にセックスの相手をして呉れる女性にも巡り合えず、
仕方なくせんずり専門となり、人並みに同級生の女の子に、
プラトニックラブ等をして、人の心の難しさ等を、
身を以って学習した時期でもあった。

高校に入ってからは、農家の娘とその母親との「親子丼」なども、
経験したが、それは別の機会に書く事に致します。
高校時代に幾つもの挫折を経験した私は、勉強も身に付かず、
と言って高校卒業で就職する積りも無く、
親の言うままに東京の私立大学に入学した。

大学二年生の夏休み、親戚へ用事が有って田舎の道をブラブラと歩いていた時だった。
暑い道を白い日傘で顔を隠して歩いて来る和服の女性とすれ違った。
懐かしい佐伯工場の直ぐ傍だった。その昔佐伯工場と言えば知らぬ人は無いほどに、
栄えて居たのだが、その当時、繊維業界は不況の真っ只中で、
佐伯工場の先代(佐伯珠美の父)が亡くなってからは、すっかり没落していた。
初めて佐伯先生に可愛がられた頃から、十二年ぐらいが立っていたと思う。
「あら、健ちゃんじゃない?」
突然声を掛けられた。相変わらず色黒の目の大きな佐伯先生だった。
ちっとも歳を取って居ないと思った。三十五位のはずなのに、昔の侭の顔立ちだった

後で考えた事だが、彼女の顔や体型は東南アジアやスペインなどの
混血の女に似ていた。乳房は大きく無いがツンと張り出し、
締まった尻は小さくても後ろに突き出して、長い脚は形が良かった。

「立派に成ったわね、懐かしいわ、ねえ、
 ちょっと家に寄ってよ。 もう逃がさないから」
薄物の着物の裾を返し、私の手を握って自宅に連れて行かれた。
かっての豪邸は白っぽく雨に曝され、庭は手入れも行き届かず荒れていた。
母屋に続く鋸屋根の工場は薄暗く、昔の様な活気は無く織機が何台か
動いて居る様で密かな音がして居るだけだった。

  1. 年上の女
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アヤメ草

Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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