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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

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生まれ変わっても結婚したい。其の一

~おさげ髪の少女~
林檎姫1-1
今年も、もうじき妻の命日が遣ってくる、来年は千鶴の七回忌だ。
あの日も風一つ無い穏やかな日だった。メモリアルホールの煙突から
仄かな煙が青空に向かって、一筋の糸を引きながら荘厳に立ち昇っていた。
(ああ、千鶴の魂が天に召されていく)
私は中庭の青々とした芝生に腰を下ろし、
ハーモニ カで千鶴の大好きだったメロディーを吹き始めた。

初めて千鶴と出会ったのは今から47年前も昔の事だった。
其の日も今日のような暖かな日だった。当時、高校を卒業したばかりの私は、
親父の跡を継いで大衆食堂の修業を遣っていた。店は東京の下町にあった。
間口二間ほどで、十人も客が入れば満員に成ってしまう程の
小さな店だった。小島という職人と母、そして私の三人で店を切り盛りしていた。

親父は生来、病弱だった。私が幼い頃から、少し無理をして厨房に入っては倒れ、
入退院を何度となく繰り返していた。
「今度、入院するような事があれば、再び生きて家に戻れないだろう。
 大事にするように・・・」と、医者から宣告されていた。

私がそれほど好きでもない大衆食堂の店を継ぐ心算に成ったのは、
少なくとも親父が生きている間に安心させてやろうと、思ったからだ。

「あのォ、ここで働かせて貰えませんか?」
出前から戻ったばかりの私に、店に入って来た少女は唐突に切り出した。
見たところ、まだ十五、六歳だろうか。おさげ髪の女の子で頬はりんごの様に赤く、
いかにも田舎者臭い感じだった。そして小柄な体に、大きなバッグを重そうに抱えてた。
典型的な家出娘の姿だった。

「生憎だったね。うちはご覧の通り小さな店で、客も少なくて、
 新たに店員を雇うほどの 余裕はないんだ。
 悪いけど他の店を当たって呉れないかな」
にべも無く私は話を断わった。すると傍らで聞いていた母が、
「ちょつとお待ちょ。情のない子だねぇ。
 話ぐらい聞いてあげたらいいじゃないか」と言った。

母は病弱な親父に代わって、店の全権を握っている。
苦労人だから、人の話を聞く耳をもっている。その言葉の裏には、
「雇ってあげたら」という、響きが含まれてもいた。


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林檎姫1-2
「座りなよ」
私は店の隅にあるテーブルの椅子を、ぶっきらぼうに勧めた。
「どうも、すみません」
少女は頭をペコリと下げて、椅子に座った。赤い頬に、ますます赤味がさした。

少女の名前は千の鶴と書いて「千鶴」と言った。三月に中学を卒業して上京したという。
実家は小さな百姓をして、千鶴は六人兄弟の一番上だった。
家が貧しくて、弟妹達は何時も腹をすかしていた。米を作っていながら、握り飯一つを
めぐり兄弟喧嘩をするほどだったという。

そして自分が東京へ行けば、少しは口減らしになるし、働いて仕送りする事も出来ると
健気に考え、千鶴は思い切って家を飛び出して来たのだという。

戦後十年以上も経ったのに辺境の地では、貧しくて生きる事にまだ真剣な時代だった。
しかも、東京は生き馬の目を抜くような所だ、家出娘ばかりを専門に狙い、
生き血を吸う輩が多くいる。何事も無いまま、うちの店に辿り着いたのは、
大袈裟ではなく奇跡の様に思えた。

「一週間だけ働いて貰って、それからどうすればいいか決めればいいだろう、母さん」
「それがいいね。お腹すいてるでしょ。小島クン、この子に何か作ってあげてよ。
 それから千鶴ちゃん、ご両親に手紙を出して、安心させて上げるのを忘れないで・・・」
「ほ、本当に・・・ありがとうございます」千鶴は泪ぐんだまま、深々と頭を下げた。

その夜から千鶴は我が家の住人になった。店と自宅は棟続きになっていて、
妹の部屋を二人で使うようにした。

「いい人が入ったわね」
仕事が終わった後、水で濡れた手をエプロンで拭きながら母は言った。
「どうしてそんな事が判るの?俺は母さんが雇えと言わんばかりだったろう。
 だから、決めただけだよ」
「それだけ?」
「そうだよ。他に何か・・・まさか、同情とか言うんじゃないだろうね」
「同情?そんなので人を雇っていたら、店が幾ら有っても足りないわよ。手よ」
「手?」
「そうよ、手よ。千鶴ちゃんの手を見た?」
「・・・?」
「すごく荒れてた。老人みたいに・・・苦労が染み付いた手だわ」
「田舎者の手なんて、おおよそ、そんなものだろ」
「そうだね。私も父ちゃんと一緒になった頃は、あんな手をしてたわ」
母は昔を偲ぶ様に遠くへと視線を向けて言った。
林檎姫1-3
母の千鶴を見る目に、狂いはなかった。翌朝、千鶴は誰よりも早く起き、
母に従って朝食を作り、部屋の掃除を始めた。
「おはようございます」
私の顔を見るや、箒の動きを止めて溌剌とした声をだした。
目が醒める気持ちのいい挨拶だった。

食事が済んだ後、千鶴と一緒に店に出て、作業の手順を詳しく説明した。
一番最初にやる事は、埃が立たないように打ち水をして箒をかける。
次にテーブルの上を空き清めた後に醤油や胡椒などの容器に
調味料が入っているか如何かを確認して、足りなければ補充しておく。
次に調理場の中を掃除するのだが、よほどの場合を除いて、前夜の内に小島が
神経質すぎるほど磨き上げてから帰るので、それはチェックするだけでいい。

料理の食材は、全て小島の責任で購入している。オート三輪での買い出しに、
これからは千鶴にも同行してもらう事にした。

開店前の仕込までの仕事は、坦々としたものだ。
しかし、客が入れば千鶴の仕事は目まぐるしいものに変わる。
客の注文を訊いて、小島に伝票で告げる。料理が出来上がれば、
水と一緒にテーブルに出す。その間に食べ終わった食器を片付けて、洗う。
それを綺麗に拭いて小島が取り易いように棚に並べる。

会計は母が遣っているが、いずれ千鶴にも遣って貰うし、出前が忙しい時には、
それもして貰うから、お得意様の家も覚えてもらう事になる。
そんな私の説明を、千鶴は目を輝かせながら、
其の都度「はい、はい」と小気味のよい返事をして聞いていた。

それからの千鶴は、独楽鼠のように働いた。
客の評判もいいし、それほど美人じゃないから気取りもなく、
客をホッとさせるのかもしれない。常連客の中には、「りんご姫、りんご姫」と、
千鶴を呼んで、可愛がって贔屓にしてくれる人が増えていった。

仕事の飲み込みは、驚くほど早かった。臨機応変にテキパキと仕事をこなした。
「さすがに苦労人は、お前と違って覚えが早い。もう何年も家の店に居るみたいで、
 安心して見てられるわ。あたしの引退も近いわね」と、
仕事には事の他厳しい母に数ヵ月後には言わせるほどだった。

千鶴は本当に良く働いた。その間に、僅かな給金の殆どを田舎に仕送りを続けた。
新しい服を買う事も無く、同じ年頃の女性のような化粧らしい化粧をする事もない。
偶の休みには荒川の土手に行って、ハーモニカを吹く事が、
唯一の趣味で楽しみだったようだ。
  1. 妻を語る
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アヤメ草

Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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