淪落主婦。其の二
◇東京の甘美な夜◇
熟し切った私の肉体は、貪欲でした。いくらでも肉欲を貪りたい、
猛々しいような欲望に取り憑かれていた時期でした。
そんな私に、夫はまったく応えてくれませんでした。
夫は月に一回くらいおざなりのセックスをしてくれるのが、精々でした。
私に対する愛情はひとしを感じて居りましたが、
肉体と体力が付いてこなかったようです。
そんなある日の事でした。
私は、町内会のくじ引きで東京旅行を引き当てたのです。
「僕は、仕事があるからいけないよ。一人で行って来るといい」
ペアでのご招待券でしたが、夫に断られ、
私は子供たちの面倒を実家の母に頼み、一人東京へ旅する事にしたのです。
これが、すべての過ちの素でした。
東京タワーに皇居や浅草、昼間は都内の観光地巡りを楽しみました。
そして夜は、ホテルのレストランで一緒に参加した方々と夕食を摂り、
(夜は、まだ始まったばかり。部屋でTVを観るのもつまらないわ)
と、そのまま一人ホテルのバーへ繰り出す事にしたのです。
それは、地方都市の一主婦にはちょっとした冒険行為でした。バーで、
まともな女が一人酒を飲むなど、地元では考えられない事だったのです。
私はこってりと化粧直しをし、
(めったに無い事ですもの。私だって、たまには冒険したいわ)
ドキドキ胸を高鳴らせながら、薄暗いバーラウンジに入ってゆきました。
重厚な雰囲気に飲まれ、足が竦みましたが、
何とかカウンターの止まり木に座る事が出来ました。
私は年輩のバーテンダーにカクテルを頼むと、
言い知れぬ心地良さがこみ上げてきました。
都会にやってきて柄にもない事をしているのが、快感でした。
自分がお洒落な女に思えてなりませんでした。
私は日頃の憂さを忘れ、うっとりと都会の空気に酔い痴れていました。
「隣に座っても構いませんか?」
と、横から思いもかけぬ声が掛けられました。
声の方を向くと、私より十以上は年上に見える紳士風の男性が微笑んでいたのです。
私がドッキリしたのは、言うまでもありません。男性に声を掛けられるなど、
齢三十にして初めてのことでした。
「貴女の様な女性が、一人でカクテルなど、世の男性はまったく見る目がありませんな。
よかったら、僕に一杯おごらせて下さい」
「ま、まあ、そんな。申し訳ありませんわ、見ず知らずの方に」
(ス、テスキな人だわ。まるで映画俳優みたい!)
男は、端正な顔立ちをしていました。今にして思えば、その端正さは一流のそれではなく、
チラシのモデル程度のお粗末なものでした。軽薄な感じは否めませんでしたが、
それでも男は私の住む地方都市では滅多にお目に掛かれないタイプの二枚目だったのです。
「いいえ、貴女のような女性におごれるなんて男冥利に尽きるというものです」
男は、歯の浮くような台詞を並べ立てましたが、私は歯を浮かせるどころか、
ぼーっとなってしまいました。男は、今まで私の回りには見当たらなかった類の男性でした。
朴訥な夫しか近くにいなかった私にとって、男は新鮮な存在でした。
「おや、申し遅れました。僕、岸といいます。今日は、商談でこのホテルにやってきました。
商談は纏まりませんでしたが、貴女に会えた。収穫は十分でしたな」
岸郷汰(仮名)こそ、私の運命を狂わせる事になる張本人でした。
しかし、世間をまったくと言っていいほど知らなかった私は、
岸の絶好のカモになってしまったのです。
「貴女は、桔梗の花の様な女性だ。しっとりと落ち着いていて、
それでいて強烈な色香を感じさせる。
僕は、一目で貴女に惹き寄せられてしまいましたよ」
まったく、岸は口から生まれたような男でした。
しかし、夫を除いては男というものに対して殆ど免疫の無かった私にとって、
岸の一挙手一投足、下手な詐欺師のような話術はものずごい魅力と映ったのです。
たちまち、私は岸に骨抜きにされてしまいました。
「東京へご旅行と窺いましたが、ここにお泊りですか」
一杯、二杯とカクテルを啜り、かなりいい気持ちにもなっていました。
岸の問いかけに頷く首もユラユラしていたのを、昨日の事の様に覚えています。
「かなり酔っているようだ。お部屋までお送りしましょう」
岸に腕を取られたとき、私は妖しい予感に囚われました。
此の侭部屋まで連れて行って貰えば、岸はタダでは帰るまい。
いやいや、帰って欲しくない・・・。
そんな風に胸を躍らせている自分に、私は驚きを隠せませんでした。
確かに、私は性的に淡白な夫に不満を囲ってはいましたが、
浮気をしようと思ったことは一回だってありませんでした。
なのに、いま自分は他の男を欲しがっている・・・。
その事実に、私は愕然としていました。
自分が、これほど節操のない女だとは思っていませんでした。
しかし現実はーー私の肉体は、期待に火照り返っていたのです。
立ち上がった足がもつれていました。私は岸に抱きかかえられる様にして、
部屋に辿りついたのです。鍵は、岸に開けてもらいました。
思ったとおりでした。岸は、私と一緒に部屋に入ってきたのです。
素早く後ろ手に鍵をかけ、岸は私を抱き締めました。
正直、抵抗する気ははなからありませんでした。
私は、もう岸のなすが侭でした。
「うっううううう!」
口唇を奪われ、頭の中が真っ白になり、全身から力が抜け落ちてゆきました。
官能の嵐が、私を頭から飲み込もうとしていたのです。
それは、抗いがたい誘惑でした。
(あなた、許して、ごめんなさい!でも、でも、私、私、ああ・・・)
業火のような後ろめたさが、私に襲いかかりました。
けれども、背徳感が理性に勝ることはありませんでした。
それどころか、後ろめたさが一層の快美感を呼び起こしさえしていたのです。
もう、何ものも私が不倫に走るのを止める事はできませんでした。
熟し切った私の肉体は、貪欲でした。いくらでも肉欲を貪りたい、
猛々しいような欲望に取り憑かれていた時期でした。
そんな私に、夫はまったく応えてくれませんでした。
夫は月に一回くらいおざなりのセックスをしてくれるのが、精々でした。
私に対する愛情はひとしを感じて居りましたが、
肉体と体力が付いてこなかったようです。
そんなある日の事でした。
私は、町内会のくじ引きで東京旅行を引き当てたのです。
「僕は、仕事があるからいけないよ。一人で行って来るといい」
ペアでのご招待券でしたが、夫に断られ、
私は子供たちの面倒を実家の母に頼み、一人東京へ旅する事にしたのです。
これが、すべての過ちの素でした。
東京タワーに皇居や浅草、昼間は都内の観光地巡りを楽しみました。
そして夜は、ホテルのレストランで一緒に参加した方々と夕食を摂り、
(夜は、まだ始まったばかり。部屋でTVを観るのもつまらないわ)
と、そのまま一人ホテルのバーへ繰り出す事にしたのです。
それは、地方都市の一主婦にはちょっとした冒険行為でした。バーで、
まともな女が一人酒を飲むなど、地元では考えられない事だったのです。
私はこってりと化粧直しをし、
(めったに無い事ですもの。私だって、たまには冒険したいわ)
ドキドキ胸を高鳴らせながら、薄暗いバーラウンジに入ってゆきました。
重厚な雰囲気に飲まれ、足が竦みましたが、
何とかカウンターの止まり木に座る事が出来ました。
私は年輩のバーテンダーにカクテルを頼むと、
言い知れぬ心地良さがこみ上げてきました。
都会にやってきて柄にもない事をしているのが、快感でした。
自分がお洒落な女に思えてなりませんでした。
私は日頃の憂さを忘れ、うっとりと都会の空気に酔い痴れていました。
「隣に座っても構いませんか?」
と、横から思いもかけぬ声が掛けられました。
声の方を向くと、私より十以上は年上に見える紳士風の男性が微笑んでいたのです。
私がドッキリしたのは、言うまでもありません。男性に声を掛けられるなど、
齢三十にして初めてのことでした。
「貴女の様な女性が、一人でカクテルなど、世の男性はまったく見る目がありませんな。
よかったら、僕に一杯おごらせて下さい」
「ま、まあ、そんな。申し訳ありませんわ、見ず知らずの方に」
(ス、テスキな人だわ。まるで映画俳優みたい!)
男は、端正な顔立ちをしていました。今にして思えば、その端正さは一流のそれではなく、
チラシのモデル程度のお粗末なものでした。軽薄な感じは否めませんでしたが、
それでも男は私の住む地方都市では滅多にお目に掛かれないタイプの二枚目だったのです。
「いいえ、貴女のような女性におごれるなんて男冥利に尽きるというものです」
男は、歯の浮くような台詞を並べ立てましたが、私は歯を浮かせるどころか、
ぼーっとなってしまいました。男は、今まで私の回りには見当たらなかった類の男性でした。
朴訥な夫しか近くにいなかった私にとって、男は新鮮な存在でした。
「おや、申し遅れました。僕、岸といいます。今日は、商談でこのホテルにやってきました。
商談は纏まりませんでしたが、貴女に会えた。収穫は十分でしたな」
岸郷汰(仮名)こそ、私の運命を狂わせる事になる張本人でした。
しかし、世間をまったくと言っていいほど知らなかった私は、
岸の絶好のカモになってしまったのです。
「貴女は、桔梗の花の様な女性だ。しっとりと落ち着いていて、
それでいて強烈な色香を感じさせる。
僕は、一目で貴女に惹き寄せられてしまいましたよ」
まったく、岸は口から生まれたような男でした。
しかし、夫を除いては男というものに対して殆ど免疫の無かった私にとって、
岸の一挙手一投足、下手な詐欺師のような話術はものずごい魅力と映ったのです。
たちまち、私は岸に骨抜きにされてしまいました。
「東京へご旅行と窺いましたが、ここにお泊りですか」
一杯、二杯とカクテルを啜り、かなりいい気持ちにもなっていました。
岸の問いかけに頷く首もユラユラしていたのを、昨日の事の様に覚えています。
「かなり酔っているようだ。お部屋までお送りしましょう」
岸に腕を取られたとき、私は妖しい予感に囚われました。
此の侭部屋まで連れて行って貰えば、岸はタダでは帰るまい。
いやいや、帰って欲しくない・・・。
そんな風に胸を躍らせている自分に、私は驚きを隠せませんでした。
確かに、私は性的に淡白な夫に不満を囲ってはいましたが、
浮気をしようと思ったことは一回だってありませんでした。
なのに、いま自分は他の男を欲しがっている・・・。
その事実に、私は愕然としていました。
自分が、これほど節操のない女だとは思っていませんでした。
しかし現実はーー私の肉体は、期待に火照り返っていたのです。
立ち上がった足がもつれていました。私は岸に抱きかかえられる様にして、
部屋に辿りついたのです。鍵は、岸に開けてもらいました。
思ったとおりでした。岸は、私と一緒に部屋に入ってきたのです。
素早く後ろ手に鍵をかけ、岸は私を抱き締めました。
正直、抵抗する気ははなからありませんでした。
私は、もう岸のなすが侭でした。
「うっううううう!」
口唇を奪われ、頭の中が真っ白になり、全身から力が抜け落ちてゆきました。
官能の嵐が、私を頭から飲み込もうとしていたのです。
それは、抗いがたい誘惑でした。
(あなた、許して、ごめんなさい!でも、でも、私、私、ああ・・・)
業火のような後ろめたさが、私に襲いかかりました。
けれども、背徳感が理性に勝ることはありませんでした。
それどころか、後ろめたさが一層の快美感を呼び起こしさえしていたのです。
もう、何ものも私が不倫に走るのを止める事はできませんでした。
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プロフィール
Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。
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