ヒツジノエキシュ。其の六
◇別れの日(2)◇
「この衣装はおまえの二十歳のお祝いや、大事にせえよ」
姐さまの表情がこわばって来た。
「ええか、幸次、よく聞けよ」と、私の名前を呼んだ。
「永いことご苦労さん、色々と助かったよ。だがな、今日限り此処から出ていきな。
このYから出ていきな。二度とこの町に来てはイカン。
二度と私の前に現れるなよ、絶対に。訳は聞くな、おまえの身のためや、分かったな」
私は“うん”と頷くより他なかった。房さんから、裏話を聞いていたから分かったものの、
突然だったらもっと動揺しただろう。
あの気丈な姐さまがポロポロと涙を流した。
初めて見る姐さまの涙に目頭が熱くなって来た。泣くまいと歯を食いしばったが涙が溢れくる。
一度出てしまった涙はとめどなく頬を伝わった。姐さまは左の胸を指さし、
「そこに当座の小遣いが入れてある。それは餞別や、無駄遣いするなよ、ええな」
左の内ポケットに手を入れると、分厚いものが手に触った。
引き出してみると黒革の札入れだ。一万円札が詰まっていた。
上着のポケットにはハンカチも入っていた。
「このカバンには当座の着替えも揃えてある」
至れり尽くせりの心遣いに、またまた涙が溢れてきた。
「男がめそめそ泣くんじゃないよ!」
土間には黒の革靴まで揃えてあった。
「幸次、からだ大事にせぇよ、おふくろさんを泣かすなよ」
靴を履き終えると両手を伸ばして直立し、
畳の上に正座する姐さまと目線をあわせ、
「ありがとう御座いました。御世話に成りました」
と深々と頭を下げた。二十一歳の私にはそれだけ言うのが精一杯だった。
貰い泣きしていた房さんが、
「山ちゃん、元気でな」と声を詰まらせた。
膨らんだカバンを右手に提げると、もう一度頭を下げた。
姐さまが掴んでいたいたガーゼのハンカチを差し出した。
私は涙を拭くとそのままハンカチをポケットに押し込んで、踵を返した。
「房ちゃん、駅まで送ってやれよ。オレはいかないよ」
振り返った時には姐さまの姿は奥の部屋に消えていった。
房さんを自転車の後ろに乗せて駅に行く途中、店に寄った。
何時もの賑わいが嘘の様に薄暗く静まり返っていた。
房さんが店に寄って行こうと言った時から察していた。果たせるかな房さんは表のシャッター
を下ろして、扉の鍵を閉めた。灯かりも点けない薄暗闇の中で房さんが胸に顔を埋めてきた。
私は姉さんが用意してくれたスーツが汚れてはならじと、ズボンと上着を脱ぎネクタイを外した。
店の中には横になれる場所はなく、房さんを全裸にしてカウンター椅子に座らせた。
是が房さんの裸の見納めかと思うと、直ぐには挿入せず
頭のてっ辺から、足のつま先まで嘗め回し弄り回した。
房さんは官能の喜びと別れの辛さとが重なって、
「わたしを忘れないでね」と、終始泣きぱなしだった。
最後は房さんの尻を引き付けてドックスタイルで別れの儀式を済ませた。
傾きかけたバラックだったが、思い出の詰まった店を振り返りながら別れを告げた。
東和歌山駅から阪和線に乗って大阪に出て一先ず私の故郷に帰った。
昭和39年(1964)暮れのことでした。
あれから45年姐さま、御健在なら95歳の筈、もう一度お会いしたかった。
お会いすべきだったと、悔いております。
END
「この衣装はおまえの二十歳のお祝いや、大事にせえよ」
姐さまの表情がこわばって来た。
「ええか、幸次、よく聞けよ」と、私の名前を呼んだ。
「永いことご苦労さん、色々と助かったよ。だがな、今日限り此処から出ていきな。
このYから出ていきな。二度とこの町に来てはイカン。
二度と私の前に現れるなよ、絶対に。訳は聞くな、おまえの身のためや、分かったな」
私は“うん”と頷くより他なかった。房さんから、裏話を聞いていたから分かったものの、
突然だったらもっと動揺しただろう。
あの気丈な姐さまがポロポロと涙を流した。
初めて見る姐さまの涙に目頭が熱くなって来た。泣くまいと歯を食いしばったが涙が溢れくる。
一度出てしまった涙はとめどなく頬を伝わった。姐さまは左の胸を指さし、
「そこに当座の小遣いが入れてある。それは餞別や、無駄遣いするなよ、ええな」
左の内ポケットに手を入れると、分厚いものが手に触った。
引き出してみると黒革の札入れだ。一万円札が詰まっていた。
上着のポケットにはハンカチも入っていた。
「このカバンには当座の着替えも揃えてある」
至れり尽くせりの心遣いに、またまた涙が溢れてきた。
「男がめそめそ泣くんじゃないよ!」
土間には黒の革靴まで揃えてあった。
「幸次、からだ大事にせぇよ、おふくろさんを泣かすなよ」
靴を履き終えると両手を伸ばして直立し、
畳の上に正座する姐さまと目線をあわせ、
「ありがとう御座いました。御世話に成りました」
と深々と頭を下げた。二十一歳の私にはそれだけ言うのが精一杯だった。
貰い泣きしていた房さんが、
「山ちゃん、元気でな」と声を詰まらせた。
膨らんだカバンを右手に提げると、もう一度頭を下げた。
姐さまが掴んでいたいたガーゼのハンカチを差し出した。
私は涙を拭くとそのままハンカチをポケットに押し込んで、踵を返した。
「房ちゃん、駅まで送ってやれよ。オレはいかないよ」
振り返った時には姐さまの姿は奥の部屋に消えていった。
房さんを自転車の後ろに乗せて駅に行く途中、店に寄った。
何時もの賑わいが嘘の様に薄暗く静まり返っていた。
房さんが店に寄って行こうと言った時から察していた。果たせるかな房さんは表のシャッター
を下ろして、扉の鍵を閉めた。灯かりも点けない薄暗闇の中で房さんが胸に顔を埋めてきた。
私は姉さんが用意してくれたスーツが汚れてはならじと、ズボンと上着を脱ぎネクタイを外した。
店の中には横になれる場所はなく、房さんを全裸にしてカウンター椅子に座らせた。
是が房さんの裸の見納めかと思うと、直ぐには挿入せず
頭のてっ辺から、足のつま先まで嘗め回し弄り回した。
房さんは官能の喜びと別れの辛さとが重なって、
「わたしを忘れないでね」と、終始泣きぱなしだった。
最後は房さんの尻を引き付けてドックスタイルで別れの儀式を済ませた。
傾きかけたバラックだったが、思い出の詰まった店を振り返りながら別れを告げた。
東和歌山駅から阪和線に乗って大阪に出て一先ず私の故郷に帰った。
昭和39年(1964)暮れのことでした。
あれから45年姐さま、御健在なら95歳の筈、もう一度お会いしたかった。
お会いすべきだったと、悔いております。
END
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プロフィール
Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
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