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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

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泥沼の中で掴んだ幸せ。其の一

泥沼の中で00a
「おい、チョツトそこまで出かけようか」
今朝のことです。家業を長男に譲ってから隠居としての自由を謳歌して
今日はあちらの無尽、今日は此方の集まりと、
滅多に腰を据えることもなく飛び回っております主人が、私を誘ってまいりました。

珍しい事もあるものだと、私が普段着のままでサンダルを履こうといたしますと、
「もっと洒落た格好は出来ないのか」もとより鬼瓦のような顔、
まるで青汁を飲んだ閻魔のようなご面相で私を睨み付けて参ります。

「この前買った夏大島を着てきなさい」
こんな顔をしているときの主人は、何を言っても折れないのが常。仕方なく、
まだしつけ糸の取れていなかった大島を着け、何処へ行くとも分からないまま、
主人の後を追ったので御座います。

なりがなりで御座います、どこぞお世話に成って居ります知人宅へでも出向くのかと思えば、
辿り着いたのは秋山川のほとり、川縁に降りて川面を見つめたまま、
そこからどこぞへ歩き出す風でもありません。この人、一体何を考えているのだろう?

夏の陽射しにじりじりと背中を焼かれ、首筋に流れる汗をハンケチで拭いつつ、
いぶかしみつつ何とはなしに主人の顔を見つめておりましたら、
主人がぽっりと一言、つぶやきました。
「兄貴は、ここから唐沢の方を眺めるのが好きだったよな・・・」

一瞬、私、息が止まりました。ああ・・・。今日は長継さんの命日だった。
私は、いつから前夫の命日までも忘れる様に成ってしまったのでございましょう。

「お前を俺に残してって呉れたんだもな。兄さんには感謝しなきゃ・・・」
本当に、本当に・・・。たった五年では御座いましたけれど、
幸せな結婚生活を味合わせてくれた前夫、そして、こんなに深く私を愛してくれる
今の主人を身代わりに残していってくれた前夫。
突然熱いものが込み上げてきて、私は川原にしゃがみ込んでしまいました。
 
泥沼の中で01
思えば、いろいろな事が御座いました。本当に色々な事が・・・
お恥ずかしい話ですが、死のうと思ってこの川の畔に来た事も有ったので御座います。
それでも、今、こうして私は生きている。自分の生を全うして、
こうして、今、此処に有る事の幸せがヒタヒタと感じられて、
私は大声を上げて泣きたくなるのを必死で堪えておりました。

私が、醤油造りを始めて二百年という重みを持つ旧家に嫁いで参りましたのは、
いまから五十年以上も前のこと。私はまだまだ何も知らない十八の小娘、
どんな生活が待ち受けているのやら、内心、ビクビクしながらこの屋の門を
潜ったもので御座います。同じ屋敷内に寝泊りする職人さん達も居りますでしょうし、
家事雑用はそうとう煩雑な物のはず、まして、私は東京の勤め人の娘、
商売の事などまるで分かりません。

でも、全ては杞憂でございました。
複雑な家内の諸事は、当時まだ沢山居りました女中さん達が全て
こなしてくれましたし、姑も舅も、一度も腹を立てる事無く、
何も知らない私に丁寧に商家としての心得を一から教えてくださいました。
なにより、七つ年上だった前夫の長継さんはとても優しい方で、
嫁に来た次の日から、私の事を妻として尊重し大切に扱って呉れたのでございます。

姑との意見の食い違いがあったときも、
すべて、長継さんが間に入って丸く治めてくれました。

一番不安に感じていた閨での事も、とても上手に導いてくれました。
もちろん、初めての事ですから痛みはありましたが、それも初夜だけのこと、
長継さんの頼もしい導きにすっかり安心し信頼しきっていた私は、
其の翌日から、女で良かったと心底思えるようになっていたのでございます。

お陰様で、嫁に参ってから二ヶ月目には目出度く子供も授かって肩身の
狭い思いをする事もなく、ほどなく、この家を生まれ育った我が家と思って
暮らせる様になりました。

そんな幸せの日々ではあったのですが、たったひとつ。
たったひとつだけ、悩み事がございました。
それは、長継さんの実弟、次雄さんのことでした。
泥沼の中で01a
次雄さんは長継さんとは五つ違い。兄弟ですのに、
万事柔和で穏やかな長継さんとはまるで正反対の、
粗暴で、野卑な人でした。

学校を出てから家業を手伝っていたのですが、それもちゃらんぽらんで、
目を離すと直ぐ何処かに雲隠れして遊び惚けてしまうのです。
放蕩息子を絵に描いたような人でした。

いいえ、放蕩だけなら私もあのようには悩んだりはいたしません。
家内の人たち全員が私に親切だった中で、ただ一人、次雄さんだけが、
万事につけて私に辛く当たったのでございます。

この家での婚礼の時から、すでに次雄さんは私に対して敵意を持って居るようでした。
三々九度の盃事の時こそ席に座っていたものの、
その直後からふいと姿が見えなくなってそれっきり。何処かに泊まったものか、
翌朝も姿を見せず、翌々日になって、台所でやっと顔を合わせたその時から、
次雄さんの私に対する虐めが始まりました。

戸棚の辺りをうろついているので、お腹が空いているのだろうと、
「お膳の仕度をしましょうか」と声を掛けると、
「あんたの作った飯なんぞ、まずくて食えるか」
と、怒鳴りざま、出て行ってしまいました。

以後、一事が万事その体たらく。どうにかして次雄さんに気に入られようと、
あれこれ世話を焼こうとしてはみたのですが、その度に冷たく突き放されてしまいます。

シャツに付いた糸くずを拭ってあげようと差し伸べた手を、
平手で打ち払われたりしたこともございました。

主人に相談いたしますと、
「あいつの事は放って置け」と申します。
「お前が来る間際まではあんなんじゃなかったんだよ。それが・・・」
「よほど私の事が気に入らないのでしょうね・・・」
「そんな事じゃあるまい。一体何が気に入らないのか。
 いくら尋ねても、私にも何も話そうとしない。あいつもいい大人なんだ。
 何か思うところがあるのだろう。放っておけ」
  1. 夫婦の今と昔
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アヤメ草

Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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