亜紀子の中へ真珠を入れて。其の一
◇バー『扇』◇
世の中は不景気だといっても、週末ともなれば名古屋駅前のデパートは
普段の数倍の人手で賑わっていた。
秋物和服が欲しいと言う妻に付き合って、婦人呉服売り場を歩いていると、
通りがかりの売り場にいた中年の売り子が私を見て会釈したように感じたが、
つい二、三歩行き過ぎて、気になりだし、改めて振り返って見たが、
その時は彼女は他の客の相手をしていて、横顔しか見えなかった。
その横顔に、何処か微かな記憶があるようにも感じたが、
その時は彼女が誰であったのか、ついに思い出せなかった。
妻と連れ立って、暫く店内を歩いて居る内にその女の事は忘れたが、
帰りの特急電車へ乗り込んだ時、何が引き金になったのか、
突然「亜紀子」という彼女の名前が記憶に甦って来た。
亜紀子は若い頃、今で言う「援助交際」のような関係で、
私と一年ばかりの付き合いがあり、その間ずっと肉体関係を持っていたが、
既に二十年余りの歳月が経っており、其の上他人の空似と言うことも有るので、
果たして百貨店で見かけた女が確かに亜紀子であったかという自信もあやふやであった。
私が知り合った頃の亜紀子は、まだ二十歳前後で、
私の住んでいる地方都市の小さなバーでホステスをしていた。
ある年の暮れ、大学時代の友人に誘われてブラッと入った『扇』というバーで、
最初に私の席へ付いたのが亜紀子で、当時の娘にしては珍しく地味なヘアスタイルで、
店では余り目立たない存在の娘であった。
其の上、亜紀子は余り口数が多い方ではなく、何処か素人っぽい感じがしていたが、
向かい側へ座った時、良く見てみると整った顔立ちで、澄んだ涼しい目をしていた。
顔にはまだ幼さが残っていたが、胸の膨らみもかなりあり、短いスカートの下の腰の括れや、
尻の肉の張り具合は既に成熟し切った女の身体を誇示していて、
どこかアンバランスな感じがした。それが亜紀子から受けた最初の印象であった。
後に成って知った事だが、彼女は飛騨地方の温泉町にある高校を出て、
特に勉学心に燃えていた訳ではなかったが早く親の許を離れたい気持ちがあり、
友人に誘われるままに、半分は遊びのつもりでこちらの短期大学へ来ている
短大生と言うことであった。
年が明けて大学の同期生と新年会をした時も二次会で『扇』へ出掛け、
その時も偶然か亜紀子は私の隣へ付いて、弾むような身体を押し付けてきたりした。
「ねえ、どんなお仕事?」
話題が切れた時、亜紀子はあどけない顔で私を見上げた。
「お医者さか?」
「ああ、産婦人科だよ。悪い所があったら、何時でも見せにおいで」
と冗談のつもりで答えたものであった。
「イヤだァ、見せにおいでやなんて・・・」
「だって、医者に診て貰う、言うやないか?」
「何や、そう言う意味か」
亜紀子は急に私の肩へ寄りかかりクスクスと笑い出した。
ところが私の嘘は友人との会話で直ぐにバレたが、
亜紀子は私の職業が宝石や装身具を扱っている事を知ると、
「来年は成人式だから、アルバイトで稼いだお金で指輪か何か買うから、安くしてね」
と真剣な顔つきになった。
「いいとも。アキちゃんの為ならタダでも良い位だよ」
「キットよ。それじゃあ、約束」
そう言って亜紀子は小指を絡ませてくるのだった。
世の中は不景気だといっても、週末ともなれば名古屋駅前のデパートは
普段の数倍の人手で賑わっていた。
秋物和服が欲しいと言う妻に付き合って、婦人呉服売り場を歩いていると、
通りがかりの売り場にいた中年の売り子が私を見て会釈したように感じたが、
つい二、三歩行き過ぎて、気になりだし、改めて振り返って見たが、
その時は彼女は他の客の相手をしていて、横顔しか見えなかった。
その横顔に、何処か微かな記憶があるようにも感じたが、
その時は彼女が誰であったのか、ついに思い出せなかった。
妻と連れ立って、暫く店内を歩いて居る内にその女の事は忘れたが、
帰りの特急電車へ乗り込んだ時、何が引き金になったのか、
突然「亜紀子」という彼女の名前が記憶に甦って来た。
亜紀子は若い頃、今で言う「援助交際」のような関係で、
私と一年ばかりの付き合いがあり、その間ずっと肉体関係を持っていたが、
既に二十年余りの歳月が経っており、其の上他人の空似と言うことも有るので、
果たして百貨店で見かけた女が確かに亜紀子であったかという自信もあやふやであった。
私が知り合った頃の亜紀子は、まだ二十歳前後で、
私の住んでいる地方都市の小さなバーでホステスをしていた。
ある年の暮れ、大学時代の友人に誘われてブラッと入った『扇』というバーで、
最初に私の席へ付いたのが亜紀子で、当時の娘にしては珍しく地味なヘアスタイルで、
店では余り目立たない存在の娘であった。
其の上、亜紀子は余り口数が多い方ではなく、何処か素人っぽい感じがしていたが、
向かい側へ座った時、良く見てみると整った顔立ちで、澄んだ涼しい目をしていた。
顔にはまだ幼さが残っていたが、胸の膨らみもかなりあり、短いスカートの下の腰の括れや、
尻の肉の張り具合は既に成熟し切った女の身体を誇示していて、
どこかアンバランスな感じがした。それが亜紀子から受けた最初の印象であった。
後に成って知った事だが、彼女は飛騨地方の温泉町にある高校を出て、
特に勉学心に燃えていた訳ではなかったが早く親の許を離れたい気持ちがあり、
友人に誘われるままに、半分は遊びのつもりでこちらの短期大学へ来ている
短大生と言うことであった。
年が明けて大学の同期生と新年会をした時も二次会で『扇』へ出掛け、
その時も偶然か亜紀子は私の隣へ付いて、弾むような身体を押し付けてきたりした。
「ねえ、どんなお仕事?」
話題が切れた時、亜紀子はあどけない顔で私を見上げた。
「お医者さか?」
「ああ、産婦人科だよ。悪い所があったら、何時でも見せにおいで」
と冗談のつもりで答えたものであった。
「イヤだァ、見せにおいでやなんて・・・」
「だって、医者に診て貰う、言うやないか?」
「何や、そう言う意味か」
亜紀子は急に私の肩へ寄りかかりクスクスと笑い出した。
ところが私の嘘は友人との会話で直ぐにバレたが、
亜紀子は私の職業が宝石や装身具を扱っている事を知ると、
「来年は成人式だから、アルバイトで稼いだお金で指輪か何か買うから、安くしてね」
と真剣な顔つきになった。
「いいとも。アキちゃんの為ならタダでも良い位だよ」
「キットよ。それじゃあ、約束」
そう言って亜紀子は小指を絡ませてくるのだった。
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
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私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
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