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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

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未亡人の熱い肌。其の一

~ダンスパートナー~
ハマジル
昭和37年(1962年)は、ツイストが大流行した年だった。
私は当時19歳、前年に工業高校を卒業して、新子安にある日○自動車の横浜工場で、
一応真面目に働いていた私も、通称「ザキ」と呼ばれる、横浜伊勢佐木町の
深夜レストラン・バー(ディスコ・バーは未だ無かった)のフロアで、夜毎ロックのリズムに乗って、
ツイストを踊りまくっていた流行先取り若者の中の一人だった。

一月の中旬のある夜、私はその満員のダンスフロアで、21歳のデパートガール、
吉羽留美子(仮名)と知り合った。

彼女は美しかった。そして、奔放なまでに明るい娘だった。さらに、小柄でしなやかな
肢体の彼女は、ハマ・ジル(横浜ジルバ)と呼ばれたジルバが巧かった。
激しいステップを踏み、クルクル回転するたびに翻るスカートから覗く網タイツの太腿や、
締まった下肢は目映いばかり、紅潮した愛らしい顔の汗までが、キラキと輝く宝石に見えた。

私は彼女に一目惚れした。留美子も長身の私の踊り方が気に入ったのか、その夜から、
私達はダンス・パートナーになった。

二月になると、彼女を下宿先まで送るようになり、末頃にはキスも交わす仲に成れた。
こうなれば本物の恋仲、セックス出来る日も近い、と思っていたのだが・・・

3月3日、雛祭りの土曜日だった。昼休みに留美子のデパートに定期便の電話をしたら、
彼女は病欠していた。昨日は元気に会話を交わしたし、風邪程度なら良いが、
と私は何か心配になり、彼女の下宿先を訪ねる気に成った。
 
未亡人の熱い肌02
定時の5時に退社した私は、国鉄新子安駅から南行(下り)電車に乗った。横浜駅を
素通りし、廃墟のような三○重工横浜造船所跡を海側に眺めつつ、
私は終点桜木町駅に着いた。

四十年以上も前の事、まだ国鉄根岸線は開通していない。
磯子まで路線が延長されたのは二年後の昭和39年5月19日である。
駅の高架ホームの先の闇の空間には、関内側から引き出し作業が始まった
半円アーチの鉄橋が、黒々と迫り出していた。

階段を降りて私は駅舎を出た。当時の寒々しい桜木町駅前通り、右側の横浜駅方面には
今は廃止された東急東横線の高架壁が長々と暗く続き、人通りも無い。
道路を走り抜けたオート三輪の軽トラックや、ダットサンの小型タクシーの車音が消えれば、
残る人の賑わいは眼前の市電停留所だけだった。

その停留所に立つと、日中晴れていただけに風が冷たい。
私はトレンチコートの襟を立てた。襟を立てれば顔の半分が隠れ、ちょっと見には男前。
石原裕次郎に成った気分だ。本牧方面行きの市電に乗る。クリーム色の車体に青帯の
電車は、まだ宙に浮いている根岸線の鉄橋の下を潜り、野村證券の八階建のビルの
前を過ぎて建設中の根岸線の高架沿いに、馬車道、尾上町、市庁前、花園橋と走る、

途中に夜間工事中の新駅、伊勢崎町前の関内駅がある。同じ新駅石川町駅が出来
元町商店街が有名になるのは、根岸線が開通してからで、さらに数年後の事である。
未亡人の熱い肌03
その元町停留所を過ぎた市電が、レンガ造りの麦田トンネルに入る。
麦田トンネルは市電の専用軌道で、人も車も通れなかった。
トンネルを出れば麦田町停留所。其処には市電の麦田車庫が有ったが今は老人福祉
センターに成っている。次の停留場がY町である。

市電を降りた私は、暗い街灯がポッリポッリとあるだけの狭い道を丘の中腹へと登っていく。
横浜には発祥の地言われる処が幾つも在るが、ビール工場も其の一つである。
此処ら辺りは我が国初のビール工場(麒麟麦酒の工場)が有った場所である。
留美子を送り慣れた夜道。十数分後に樫の大木がある洋館の前にたった。

この門前で、私は三日前の夜も、留美子とキスを交わしている。
留美子のキスは積極的で官能的だ。肩を抱き寄せると、仰向いた彼女が絶妙な
タイミングで、フッと眼を閉じる。唇を重ねると、口紅の甘い香りが漂う柔らかい唇が蠢き、
その柔軟な舌がヌルッと私の口に忍び込んで舌を弄って来る。

私は彼女を抱き締め、胸板で乳房の感触を味わいつつ、其の舌を強く吸う。
途端に彼女の舌が口中から消える。香ばしく熱い息を私の鼻孔に残して、
留美子は唇を離してウフフと笑い、身も離す。

何時もそうだった。私の欲情を煽った留美子はそこまで、と身を翻し、木々の合間の
細い玄関道の奥へ逃れてしまう。
だがもう直ぐだ。病気を心配して私が訪ねてきたと知れば、彼女は感激して呉れるだろう。
そして、病が癒えれば、その心も肉体も私に捧げてくれるだろう・・・。

私はニヤニヤ笑い。洋館の門内に入った。小さい歴史が感じる建物だった。

それも其のはず、この家の遠い親戚である留美子の話しによれば、代々が軍人家系の
家であり、現在は太平洋戦争で戦死した元海軍中尉の37歳の未亡人が住み、
彼女の身元引受人に成っているという。
軍人の未亡人。謹厳な響きがある、気位が高くて口うるさく、冷たい感じの伯母さんだと、
留美子も言っていた。緊張して、私は玄関の呼び鈴を押した。

  1. 未亡人との恋
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アヤメ草

Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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