昭和のメルヘン・ゆびさきの詩(うた)。其の九
◇性の行脚(Ⅱ)
だが志津子は更に哀れである。
最愛の人を姉にゆずって六十の坂を越した伊集院には
志津子には父にも匹敵する息子がいる。
彼等は、それぞれに独立して別の事業を経営していて家には居ないが、
何時の日にか会った時、彼らは何と挨拶するだろうか。
ともかく姉妹夫々に哀愁を胸に秘めて、その運命に従った。
金の力ゆえとは言いながら、総てを観念して自分の許に来た志津子を、
伊集院は目に入れても痛くない程に愛おしくなった。
月に一度か二度の務めを果たしさえしてくれれば、
彼女がどんな我が侭を言っても自由にさせて咎める事は無かった。
いきおい金にあかせて旅行することが多かった。
今度の志津子は東京の従姉妹を訪ねて、一月あまり帰って来ないので
ボツボツ伊集院の身体が、志津子を求めていたので、
毎日街の郵便局へ便りの有無を問い合わせているが
なしのつぶてで何の音沙汰も無かった。
その頃志津子は寝台特急はやぶさの壱等車で(現グリーン車)、
今度の旅行が殊更に退屈に日々を過ごしたので憂鬱だった。
鹿児島で待っているだろう年老いた夫の顔を想い出すと
更に気が滅入って、暗い顔を車窓におしつけていた。
春だと言うのに箱根の山は、雪を頂いて冬を思わせるように寒い。
名古屋へ着く頃には一段と寒気が増して、乗客はコートを羽織っているが、
ヒーターが壊れているのか暖房の効きが良くない。
列車が名古屋に着いた時、志津子の前の客席に、壱等車には不似合いの
三十二、三の男が乗り込んで来た。様相も優れてはいないが、
目元に愛嬌があって口から鼻の感じが何処と無く辰雄に似たところが有って、
志津子は、目を見張って男を見つめた。
「オヤ・・・・」
「失礼します」
見つめられて男は、慌てて頭を下げて会釈した。
「どちらまで・・・・」
汽車の旅で誰もが尋ねる言葉で志津子は応答した。
微笑をたたえる彼女に気を許してか男は、
「九州ですよ。東京でしくじっちゃって、さつまの守(無賃乗車)で
都落ちですよ」
尋ねもしない事までしゃべって東京駅の入場券を見せた。
丁度其の時、
「皆様、ごめんどうですが、乗車券を拝見させて頂きます」
と、車掌が入って来た。
男は折角座った席をたって荷物を持って出て行こうとした。
「何処へいらっしゃるの」
大体の事情は判断がついているが、
志津子はわざと尋ねて悪戯ぽい目を向けた。
「僕は、一日も早く九州へ辿り着かないと・・・、
今頃此の辺りで降ろされたら餓死せねばならんのですよ」
男は余程の傷心とみえて、泣きそうな顔で無理に笑って見せた。
「心配ご無用よ、私が九州までお連れしますわ」
志津子は車掌に金を渡し鹿児島までの切符を買い求めた。
男は自分の名前を高田と名乗った。
重役と喧嘩して会社を飛び出した彼は、日頃の放蕩が祟って
一円の蓄えも無かった。
餞別に同僚が呉れた金が有る内は、何とか東京で仕事を見つけようと、
奔走したが、愈々文無しとなり足代にも事欠いて動きが着かなくなって、
帰郷する決心をしたが、布団一切を下宿料のカタに取り上げられて、
汽車賃の工面が出来なくなった。
何時も喧嘩ばかりしていた下宿の女中が、
「お気の毒に」
と呉れた百円紙幣一枚を頼りに東京駅から入場券で、はやぶさに乗り込んだのだ。
途中、乗務員に怯えながら、前の車両に行ったり、後ろに戻ったり絶えず
気を使って居たが、(どうせタダ乗りするなら、一等でも二等でも五十歩百歩)
と度胸を定めて一等車に乗った途端検札に会ったのだ。
彼の懐には何枚かの銅貨があるだけであった。
途方に暮れた彼は計らずも志津子に救われて、一等車も、食事も、また煙草まで、
志津子と共に居る限り高田は、少なくとも九州に着くまでは、
安心した旅が出来る事に成った。
春とは言っても山の頂は未だ白い物を冠っている早春である。
ヒーターの効きの良くない夜汽車は眠るのには寒すぎる。
向かい合った彼等は互いに相手の膝の間に足を伸ばしてコートを掛けると
寒さも大分しのぎよくなって、志津子は眠っているのか目を閉じている。
グウグウ鳴っていた腹がくちくなると奇妙に女が恋しくなる。
触れ合った足の温もりと列車の振動が何時と無く性感をそそる。
列車の揺れる度にわざと足先で女の太腿をくすぐり、すりつける。
高田の欲情は時と共に大胆になり、
足先は女の秘部に怪しく這い寄って、うごめく。
女は其の度に、目は瞑っているが瞼がピクピクとしているのは、
目覚めて居る事を物語っている。
足先が女のパンティを探った時、志津子は一瞬、
身体を硬くして薄目を開けたが、またすぐ、目を閉じて窓にもたれた。
高田の足の指がジワリジワリ、薄布を通して上下に動く感触が心地良く、
自然に股が開いて滲み出たよがり水がパンティに浸み出て、息ずりしたくなる。
志津子はじっと堪えて、他の客に悶えを悟られぬ様に辺りの気配を探って、
咳払って腰を揺すって男の足に膣口をにじり付けた。
女の熱気が足を伝わって感じられ淫水が股下に浸み込んで来る。
高田は一思いに抱え込んで唇を吸って遣りたくなる衝動をじっと抑えて車内を見渡した。
深夜の客は皆眠気を催して、顔にハンケチや新聞を乗せて眠ろうと努めているのに、
唯一人彼等の反対側に乗っている中年の女だけが、
無心に雑誌を読み耽っている態を装って金ブチ眼鏡越しでジロリと
二人の成り行きを注視して居るので足元に感じるセックスの域を
出ることが出来なかった。
だが志津子は更に哀れである。
最愛の人を姉にゆずって六十の坂を越した伊集院には
志津子には父にも匹敵する息子がいる。
彼等は、それぞれに独立して別の事業を経営していて家には居ないが、
何時の日にか会った時、彼らは何と挨拶するだろうか。
ともかく姉妹夫々に哀愁を胸に秘めて、その運命に従った。
金の力ゆえとは言いながら、総てを観念して自分の許に来た志津子を、
伊集院は目に入れても痛くない程に愛おしくなった。
月に一度か二度の務めを果たしさえしてくれれば、
彼女がどんな我が侭を言っても自由にさせて咎める事は無かった。
いきおい金にあかせて旅行することが多かった。
今度の志津子は東京の従姉妹を訪ねて、一月あまり帰って来ないので
ボツボツ伊集院の身体が、志津子を求めていたので、
毎日街の郵便局へ便りの有無を問い合わせているが
なしのつぶてで何の音沙汰も無かった。
その頃志津子は寝台特急はやぶさの壱等車で(現グリーン車)、
今度の旅行が殊更に退屈に日々を過ごしたので憂鬱だった。
鹿児島で待っているだろう年老いた夫の顔を想い出すと
更に気が滅入って、暗い顔を車窓におしつけていた。
春だと言うのに箱根の山は、雪を頂いて冬を思わせるように寒い。
名古屋へ着く頃には一段と寒気が増して、乗客はコートを羽織っているが、
ヒーターが壊れているのか暖房の効きが良くない。
列車が名古屋に着いた時、志津子の前の客席に、壱等車には不似合いの
三十二、三の男が乗り込んで来た。様相も優れてはいないが、
目元に愛嬌があって口から鼻の感じが何処と無く辰雄に似たところが有って、
志津子は、目を見張って男を見つめた。
「オヤ・・・・」
「失礼します」
見つめられて男は、慌てて頭を下げて会釈した。
「どちらまで・・・・」
汽車の旅で誰もが尋ねる言葉で志津子は応答した。
微笑をたたえる彼女に気を許してか男は、
「九州ですよ。東京でしくじっちゃって、さつまの守(無賃乗車)で
都落ちですよ」
尋ねもしない事までしゃべって東京駅の入場券を見せた。
丁度其の時、
「皆様、ごめんどうですが、乗車券を拝見させて頂きます」
と、車掌が入って来た。
男は折角座った席をたって荷物を持って出て行こうとした。
「何処へいらっしゃるの」
大体の事情は判断がついているが、
志津子はわざと尋ねて悪戯ぽい目を向けた。
「僕は、一日も早く九州へ辿り着かないと・・・、
今頃此の辺りで降ろされたら餓死せねばならんのですよ」
男は余程の傷心とみえて、泣きそうな顔で無理に笑って見せた。
「心配ご無用よ、私が九州までお連れしますわ」
志津子は車掌に金を渡し鹿児島までの切符を買い求めた。
男は自分の名前を高田と名乗った。
重役と喧嘩して会社を飛び出した彼は、日頃の放蕩が祟って
一円の蓄えも無かった。
餞別に同僚が呉れた金が有る内は、何とか東京で仕事を見つけようと、
奔走したが、愈々文無しとなり足代にも事欠いて動きが着かなくなって、
帰郷する決心をしたが、布団一切を下宿料のカタに取り上げられて、
汽車賃の工面が出来なくなった。
何時も喧嘩ばかりしていた下宿の女中が、
「お気の毒に」
と呉れた百円紙幣一枚を頼りに東京駅から入場券で、はやぶさに乗り込んだのだ。
途中、乗務員に怯えながら、前の車両に行ったり、後ろに戻ったり絶えず
気を使って居たが、(どうせタダ乗りするなら、一等でも二等でも五十歩百歩)
と度胸を定めて一等車に乗った途端検札に会ったのだ。
彼の懐には何枚かの銅貨があるだけであった。
途方に暮れた彼は計らずも志津子に救われて、一等車も、食事も、また煙草まで、
志津子と共に居る限り高田は、少なくとも九州に着くまでは、
安心した旅が出来る事に成った。
春とは言っても山の頂は未だ白い物を冠っている早春である。
ヒーターの効きの良くない夜汽車は眠るのには寒すぎる。
向かい合った彼等は互いに相手の膝の間に足を伸ばしてコートを掛けると
寒さも大分しのぎよくなって、志津子は眠っているのか目を閉じている。
グウグウ鳴っていた腹がくちくなると奇妙に女が恋しくなる。
触れ合った足の温もりと列車の振動が何時と無く性感をそそる。
列車の揺れる度にわざと足先で女の太腿をくすぐり、すりつける。
高田の欲情は時と共に大胆になり、
足先は女の秘部に怪しく這い寄って、うごめく。
女は其の度に、目は瞑っているが瞼がピクピクとしているのは、
目覚めて居る事を物語っている。
足先が女のパンティを探った時、志津子は一瞬、
身体を硬くして薄目を開けたが、またすぐ、目を閉じて窓にもたれた。
高田の足の指がジワリジワリ、薄布を通して上下に動く感触が心地良く、
自然に股が開いて滲み出たよがり水がパンティに浸み出て、息ずりしたくなる。
志津子はじっと堪えて、他の客に悶えを悟られぬ様に辺りの気配を探って、
咳払って腰を揺すって男の足に膣口をにじり付けた。
女の熱気が足を伝わって感じられ淫水が股下に浸み込んで来る。
高田は一思いに抱え込んで唇を吸って遣りたくなる衝動をじっと抑えて車内を見渡した。
深夜の客は皆眠気を催して、顔にハンケチや新聞を乗せて眠ろうと努めているのに、
唯一人彼等の反対側に乗っている中年の女だけが、
無心に雑誌を読み耽っている態を装って金ブチ眼鏡越しでジロリと
二人の成り行きを注視して居るので足元に感じるセックスの域を
出ることが出来なかった。
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プロフィール
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。
私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
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